他人は他人。
自分は自分。
いかに仲の良かった同級生だとしても、お前らには俺のことはわからない。
大学の同級生と久しぶりに会って遊んで思ったこと。
新婚もいれば、子供がいる人もいる。
マイホームを買おうとしている人も。
一人の趣味を楽しんでいる人もいる。
マッチングアプリで後悔している人、
同級生と気が合えば付き合おうとしている人、
色んな人がいた。
俺は、早めに結婚したのに一緒に暮らせず、暮らしたと思ったらセックスレスになった人だ。
その場にはいない人の話も聞いた。
結婚式を開いたのに離婚した人。
実はその頃からマッチングアプリをやり始めていて、すでに新しい恋人を作っていたとか。
結婚したけど不倫をした人もいた。一度はサレ側に許してもらったけど、相手の家に行ってしまって離婚したとか。しかもその事をサレ側が雇った探偵に激写されたとか。
まあ色んな人がいたなと思ったのだけど、
俺はみんなが羨ましく思えて仕方がなかった。
新婚や子持ちはもちろん、未婚の人だって自由に遊べる時間やマッチングアプリで好きな人を選びたい放題なことも、離婚を経験したことや探偵を雇ってみたことも、それにより話題が欠かないところもすごく羨ましい。
だからかな。
ところどころでみんなと話が合わなくなった。
もともと(頭がいい人との)会話が得意ではない僕だが、それにしても話していることが心に響かなくなっていることがよく分かった。
大親友だった彼からは、デートのプレゼントとか、元カノへの思いとか、提案した事を何かにつけて否定された。
いつも優しい彼は、後半は俺と口を聞いてくれなくなった。
まあそれは俺が不倫離婚した同級生に対して心無い冗談を言ってしまったからだろうけど。
それにしても、幸せの定義が違う。
彼らと僕の価値基準が大きく変わってしまったことが分かる。
ああ、もういいや。
僕にはもう、信頼できる人がいない。
誰もいなくなったような気がする。
僕は今、ものすごく心が狭くて、徐々に孤独になってきているような気がする。
でも、この気持ち。
お前らには絶対にわからない。
側から見たら、遠距離恋愛のまま籍を入れたので、結婚早々に単身赴任となったが、転職を決めて無事に一緒に暮らせた、まさに大恋愛を経験した人の様に見えるだろう。
でも、本質はそこじゃない。
そもそもなぜ俺は結婚したのか?
一緒にラブラブなまま暮らしたかったからか?
結婚して子どもがほしかったからか?
もう帰らなきゃいけないような生活が嫌だったからか?
とりあえず後先考えずに決めた結果、しばらく苦しんだように思たけど、本当はこんな特殊な結婚には苦労しかなかったんだ。
そして苦労を乗り越えるには、それ相応の魅力や価値がお互いに無いといけない。
自分のことを棚に上げるけれど、
奥さんには魅力こそあれど価値なんてかなり低い気がする。
掃除洗濯ごはん家事から家計光熱費通信費等各種契約は全て俺がやっているし、様々なトラブルも俺一人で対応している。
ここまでやっているのに、セックスレスとか泣ける通り越して笑えてくるわ…
まあ夏場の夜にシャワーを浴びずに寝るような人とセックスはしたくないけど。
こんだけ捻くれたからか、
僕はFさんの提案を甘んじて受け入れているのだ。
「離婚こそ人生でもっとも面白い」
「浮気しても最後は自分のもとへ戻ればそれでいい」
本当はそこまで受け入れきれていないはずなのに、
その通りだよなあって思ってしまう。
でも、共感者はいるのだろうか。
少なくとも、大学の同級生にはいなかったみたい。
いたらこんな孤独感を味合わない。
失恋に苦しんでいたアイツにFさんの本をプレゼントしたけど、たぶん読んでいないんだろうな。
そんなもんか。
人は他人にされた親切より、自分があげたプレゼントの事を鮮明に覚えているものだ。
彼に羞恥心を曝け出してまで本をあげたことは跡形もなく無かったことになってしまった。
そういえば、奥さんには高めのワイヤレスイヤホンをプレゼントしたのに、それを弟に横流しにされたことがあったな。
流石にそれは嫌だと怒ったけど、「俺が同じ事を甥っ子にやっても、私は怒らない」と言ってきた時は頭狂ってんじゃねえか?あんたの弟(22歳)と俺の甥っ子(2歳)を同一条件とするな。
色んな感情が込み上げてきたところで、ひとつこの回顧録を終わらせたいと思う。
「お前らには分からない、俺の気持ちなんて。」
はたして、気持ちを分かってもらうのとそうじゃないのとではどちらがいいのだろうか。