寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり -45ページ目

寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

想いは誰にも見えないから、このようにブログにしてみたのです。
ダメな僕を朝日とやらが映し出す時まで

このままどこか知らない世界

見つけてみないかい?二人で

雨が上がっていった空の虹のような


冷たい雨 深まる季節に

せめて僕らは傘差して

骨張った木々を潜るよ

濡れた落葉樹

『蒼の世界/レミオロメン





久しぶりの歌詞からの書き出し。


レミオロメンの『蒼の世界』

秋の歌だけど、雨を想起させるので、

ここ数日の気候にピッタリと思って書いてみた。


木々は葉っぱによって夏場は光合成を行ってきた。生命を繋ぐため。

ところがその葉っぱの寿命が尽きると分かると、彼らを葉の根元から腐らせて、土の上に落とし、土へ還す。

まるで、会社が社員を働かせるだけ働かせて、使えなくなったら首を切り、社員は過労死しているみたいだ。


転職を改めて考えている僕が、

いまこの曲について語るのは偶然だろうか?




遠いようで、近いようで、やっぱり遠いところで働いている妻。

要は、ここらの距離を感じる存在なのだ。

そんな妻と電話をしたのは日曜の夜のこと。


相変わらず、仕事は忙しいようだ。

毎日、憔悴しきっている様子が手にとるように分かる。

そんな彼女にかけてあげられる言葉は限られている。


「がんばれ」ではなく「がんばっててえらいね」

とか

変なアドバイスではなく、話を聞き続けてあげること

とか

よくある恋愛指南者に書かれている、

女性の聞き手にまわり、褒めちぎれみたいな奴だ。

効果の程は知らない。

でも付け焼き刃でも、それなりの効果はあるように思える。


結局のところ、大人だって甘えたいのだ。

頑張っている人ほど、子供のように甘やかせば、

こちらに身を寄せてくる。涙を流す。


妻の周りに、それを得意とする男がいたとして

それも40代の魅力的おじさんだとして、

妻が弱っている状態で、甘やかされた暁には

ワンナイト持っていかれる可能性もあるだろう。


そうなったら、どうしよう。

でもまあ、なったらなったで仕方ない。

その時は、自分の悲しみや苦しみと向き合った後、

落葉樹が葉を切り落とすように、その気持ちをそっと死なせてあげたらいい。

場合によっては、強制的に枝切り鋏で枝ごと切り落として仕舞えばいい。




具体的に、どうするか?

妻とは別れた前提で、付き合えばいいと思う。



結局、結婚とは独立した者同士でなければ

うまくいかないのだ。

ならいっそ、独り身のつもりでいればいい。


金は貯められる時に貯めて、

最低限集まったら、会社なんか辞めてしまえ。

その日やりたい事をみつけて、本能のままに動く方がいい。


不倫以外のことであれば、

やりたい事をやっても大概は許されるものだ。

いや、許されなくてもいいじゃないか。

どうせ人間はみんな、どこか変なんだから。

それでいいじゃないか。




はあ…。


さっきまで、悩んだかと思えば、

今みたいに開き直る。

僕の気持ちはここ最近の大気のように不安定だ。

死期が近いのかもしれない。




でも、まあ、よし。


表向きだった気持ちが、

突然ひっくり返るなんてことは、

精神病の症状にはよくある事だ。


大切なのは、

今の自分がどっち向きなのかを、

自力で把握できる事だ。

向きさえ分かれば、進路変更ができる。

ウインカーを出しながら曲がれば、周囲からのもらい事故も減るはずだ。

意識してやりたいところ。



表拍と裏拍が切り替わることを、

僕は『蒼の世界』と呼んでいる。

実はこの曲、サビまでは表拍を取るのだが、

Cメロではスッと裏拍に変わっている。

ベースとドラムが上手だからな。

(僕はこいつを解読するのに10年かかった)


レミオロメンは、こういう変調の仕方もうまい。

人生、レミオロメンのように朗らかに進めていきたいと切に願う。


以下、『蒼の世界』のCメロだ。

かっこいい。

ただし言っていることはさっぱり分からない。

幾何学的な専門用語が羅列するからかな。

中二病の頃はかっこよく思えてた。

今はメロディーも上質な作品だって思っている。





鳥が揺らす 太陽の下

旋回中の影、地面這い

秋の重心 日々の円周

コンパスの針で切り取った

世界に色付く 落ち葉の夢