愛に関する幾つかの所感 | 寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

寂しい夜と淋しい僕で 気がつけば世界は二人きり

想いは誰にも見えないから、このようにブログにしてみたのです。
ダメな僕を朝日とやらが映し出す時まで

愛する人は、完璧でなければいけない。


完璧とは、

・私が思い描く理想の恋愛を、

  行動に起こしてくれる人だ。

・私が相手の為にとった行動を

  喜び受け入れてくれる人だ。

・私がいるから生きて逝ける、

  でも君がいなくても、私は…



僕も大人だから、メンヘラチックな恋愛や相手に依存するような自分本位の主観至上主義的な恋愛には苦手意識がある。

「君に愛されている」と思うことで快楽を感じる恋愛。

「君のために」を理由に自分が幸せだと感じる恋愛。

言わば、恋に恋する恋愛。

僕はこれを、“中高生の恋愛”と名付けたい。

そうです、完全な偏見です。

でも実際そうじゃないかな。


中高生の、性とプライドに従順な脳みそ。

心は子ども、身体は大人。

誰かに認めてもらわなければ自分で自分を傷つけてしまう、そんなか弱き若人が大半だと思われる世代。

Z世代だろうがなんだろうが、誰だってこの世で一番自分がかわいいに決まっている。

そして自分が一番かわいがられていたいと願っている。

ともすれば、マニュアル通りの振る舞い方では誰にも相手にされない世の中だ。

常識を守り親の意見をよく聞く様ないい子ちゃんでは愛されない。

どんなに不憫な恋愛を強いられても、その異常に逆らえない。

そもそも自分を客観視なんてしている余裕がない。


誰だって自分の見たいように世界を見たいはず。

自分の存在が認められる為なら、牛乳瓶の底から覗いたみたいに歪んだ世界でも、見続けるのだ。

そして自分の思い描いた行動を周りが取ってくれないと、ものすごく不安になる。

恋人から連絡が来ないと、恋人が会ってくれないと、不安で不安で仕方がなくなる。

心配症であるのは、愛情が深いからではない。

自分の思い描いたシナリオ通りに物事が進まないと、自分の存在が否定されて、この世に居続ける事が出来なくなってしまうから。

相手のためじゃない。自分のためだ。


望み通りの理想の恋愛を手に入れるためにはどうすればいいのかと問われたら、答えはひとつ。

全てを相手に合わせて付き合うしかない。

たとえ浮気や不倫をされようが、

望まない行為を強要されようが、

相手の欲望を全て受け入れる。

その方が、嫌われて自分という存在が否定されるよりずっとマシだからだ。

嫌われるくらいなら“都合の良い人”を選ぶ。

中高生の恋愛なんて、そんなもんだ。

もう一度言うが、これは完全な偏見である。

ではこれが偏見ではなく、真実だったとして。


結局、人間は感情で動いてしまう動物である。

「そんな男とはさっさと別れろ」

「そいつはお前を愛していない」

何度となくダメだと言われたとて、

ダメ男と付き合う人は付き合うし、

上っ面だけいい女には騙され続け、

短い人生の中で、これまた短い若い脂の乗った時期に、実に無駄な時間を過ごし続けてしまう。


その様子は見ていて本当に愚かだと思う。

今しか見えていない。

短絡的で独りよがりな、ガキ同然な様。

そんな感情で動いてしまう人が、僕はものすごくかわいくてかわいくて仕方がないのだ。


そう、僕は日本全国の愚か者たちが大好きだ。

浮気される人、童貞拗らせ男子、メンヘラ女子、パパ活女子、ホスト狂、アイドルファン、性格ブス、毒親に呪われた者、勘違い野郎、意識高い系、意識高い系に騙された系、枕営業者、TikTokで上げた動画が今度はTwitter上でオナペとして挙げられた女の子、ただただ不細工で持てない子。

ああ、みんなみんな、愚かでかわいい。

どうぞ皆さん、感情そのままで自分の欲望が望むままに動き続けてくださいませ。


一方で、日本では、感情的な人間を淘汰しようとする動きがある。

「感情で物を言うな」

「数字で示せ」

といった具合だ。

しかし、恋愛や家庭という現場に論理的思考を持ち寄る事は不可能、全くもってナンセンスだ。

なぜなら反復永劫申し上げるが、人間は感情で動く生き物だからだ。

感情を前にすれば、数字も常識も先人の知恵も何の効力も持たない。論理的思考と冷静な判断をする事は必ずしも一致しない。

自分が信じるもの自分が見たいものは、その人にとっての揺るがない真実なのだ。

それでいいじゃないか。

数字だ、結果だ、効率だとかいう理論武装なんて一部の資本主義者やブルジョアジーにでもさせておけばいい。

私は愛する人の事を、心から愛したい。

そして愛する人を前に、自分の心の思うがままに従いたい。


愛する人よ。

僕は今なら、あなたのことを無償で愛し抜く事を誓うことができる。

だから、愛する人よ。

あなたからも愛の意思表示をしてほしい。

「愛してる」と常に言ってくれ。

その気持ちを行動で示してくれ。

そして私が行動で示したときは、

それを甘んじて受け入れてくれ。

見返りが欲しいのだ。

愛する人からの好意は、私にとっての自信になる。生きる糧になる。

思う存分、私を甘やかし、誑かし、唆し、弄り倒してほしい。つまり、かまってほしい。

いつか私があなたの事をどうでもいいと思えるようになる日がくる、その時まで。。




以上が私の『メンヘラ恋愛白書』である。

要約すると、

「あなたは私に感情的に愛されたのだから、私の都合の良いように動け。」

という事である。


まあ、こんなのただただ言ってるだけで、

実際自分がその立場になるとなるとまた話は変わってきそうだけど。

昔から言うじゃない?

「言うは易し、行うは難し」って。


今回は、中高生の恋愛=20代までの恋愛について語ってみた。

愛に関して、私が思う事は他にもいろいろある。

色々あるのだが、その中でも絶対的な大前提として、

愛の目的はいつだって“あなた”じゃなければ意味がないのだ。

目の前のあなた、一夜限りのあなた、遠く及ばないあなた。

あなたがいるから私はここまで溺れ狂っているのだ。

どうか、そこだけは肝に銘じてほしい。

私の感情を奪ったのは、他ならぬあなたなのだから。