新橋でちょっとした用事があったので、その用事の後に、銀座まで歩いてみました。
銀座。平日の雨模様の午後とはいえ、人が少ないです。この後に寄った池袋の街などは人が多くいましたが、コロナウイルス問題で外国人観光客や東京以外からのお客が来ないからか? 寂しい雨の銀座でした。
私は東京の真ん中で生まれ育ったけれど、豊かな家庭ではなかったので、銀座のお店は昔から高嶺の花でした。幼い頃、親や近所のおばさん達に連れられた買い物も、まず銀座のデパートで商品を「見物して」から、それと同じようなものを、渋谷や三軒茶屋(親戚が近くにあつったので)のお店で買っていました。
銀座のお店で安心して買い物が出来たのは、「山野楽器」くらいかな? レコードや楽器はどこでも同じ値段だったから。
あ、私が高校生の時、山野楽器で「ミミという新人歌手が新曲キャンペーンをやるけど、観客が足りないから来て」と知人から頼まれて「にわかファン」になって店に行ったことがありました。「お洒落な土曜日」だったっけ、ミミさん、一生懸命歌って、振りの説明までしてくれて。足細くてきれいだったな~~。その後まさか、ミミ萩原として女子プロレスに転向するとは、想像も出来ませんでした。私にとってのミミさんはプロレスラーではない、光り輝くように可愛い歌手のミミさんです。
銀座でもう一件安心し入れるお店は「ライオン」。ライオンは銀座の「ビアホール」に限ります。
銀座でお酒を飲むなんて、仕事で銀座のクラブに行ったことは何回かありますが、それは経費やら接待やらでした。その店代・飲み代たるや・・・。薄給だった私には別世界です。「接待」されるみたいな形で3回ほど行った時だって、まったく落ち着いて飲めないし、ホステスさんが一生懸命話題を作ってくれても、それに対する対応が私の仕事みたいに思えて・・・。どう考えても場違いで客としては縁が無かったです。
しかし、銀座ライオンは別。いまでも機会があれば入って、ビールを楽しみます。が、最近は混んでいてなかなか入れませんでした。今日は後の仕事さえなかったら入れたのに・・・。
ライオン、頑張ってほしく思います。コロナ事態で休業せざるを得なくなった今年の春、それはライオン新宿店ですが、その店の前を通った時、なんで、ここも閉めなければならない? って思いながら、しばし店の人の「休業準備」を見守った時がありました。
銀座ライオンに私がはじめて入ったのは21歳頃のこと。だから1977年頃か? その後、社会人になった23歳のことですが、当時の小さな出版社の社長が「今日は銀在に飲みに連れて行ってやる」といって、銀座で飲む! と、多いに期待したのですが、行った先がライオンだった、ということもありました。うーん、「銀座で飲む」というニュアンスとちょっと違うのでは?と強く感じた思い出もあります。
とにかく銀座ライオンビアホールは、当時も今も変わらぬ雰囲気。ホール壁面のタイル画も合わせて。まさに銀座の文化遺産です。ここにちょっと立ち寄って、ビール1ジョッキと、チースなどを頼んで、店内の雰囲気を楽しんでから、さっと帰る。そういう粋な飲み方が似合う店です。
今年は、すいているうちに、絶対行きます。銀座ライオンさん、待っていて下さいね。
☆写真は今日の午後の銀座ライオンホールの入り口。2枚目は開店準備?の店員さん達で、後ろに名物の壁面タイル画が少し見えます。3枚目は銀座ライオンの由来が書かれていたディスプレーです。参考にして下さい。