Road To コロンビア -15ページ目

Road To コロンビア

夢ややりたいことがはっきりしない。だれもが一度は思ったことがあるんじゃないでしょうか?技術もない、知識もない、ひょっとしたら特技も趣味もない。そんな女子が、、、、、、、バングラデシュに行っちゃいました!
果たして何を見てきたのか?次なる夢は?

訪問記をご覧のみなさん。そして普段から私とお付き合いいただいているみなさん。


訪問記はいかがですか?


出発前はあんなに、


「不安だー、ごはん食べれるかなー」


なんて騒いでいたのに。


「なんだこいつ意外と元気じゃん」


って思いません?


それもそのはず。


滞在中の食事、ガッツリ食べていたからです。


まずは、バングラ料理。


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インド料理に比べて味が薄い。でも辛い。

川魚のフライがおいしい。鶏のから揚げもおいしい。

カレーは、マトンがおいしい。

でもやっぱり油が合わないらしく、小食になる。。。


そして、日本人用にスプーンを用意してくれているけど、現地はもちろん手で食べる。メンバーには手で食べている人も!私にはできなかった。。。尊敬。

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↑葉タバコ。食後に噛むとすっきりする。バングラ人はこれを噛んでるから葉が血だらけに見えるときがある。

バングラ料理も堪能できたけど、

日本人がしっかり食べられるように、ガイドのマルフさんは毎日いろんなレストランに連れて行ってくれる。

中華、ピザハット、ケンタッキー、インド料理。。。


「マルフさーん、今日の夜ご飯、どこ連れてってくれるんですかー?」


毎日のお決まり。

とある日。

視察も交流も終わって、おなかすいた―!!マルフさーん!


「今日は、North Korean Foodを食べに行きますよー」


えーーー韓国料理ーー音譜


えーーーーラブラブ韓国ーーーアップ・・・・


の前に、「North」がついている。


北朝鮮???

韓国じゃなくて??


「はい、North Korean Foodeですよ」


誰も信じない。

でも、

たどり着いたお店の名前は、


「平壌」


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本物だ。


中には韓国系の女性スタッフがたくさん。

「喜○組か?

テンションが上がる私たち。

出てきた料理は、ふつうの韓国料理。


と、ここで!

女性スタッフがステージで歌を歌い始めた。

しかも日本の曲で「昴」も歌ってくれる。


異世界にいてさらに異世界に来た。

そして、みんな写真を撮ろうとしたら、カメラ撮影禁止と言われる。。。


なんとなく「North」を感じた瞬間。


味の方は、ふつうでした。





この日は、ダッカ市内にあるストリートチルドレンの施設「ドロップインセンター」へ訪問


先日もお伝えしたかもしれませんが、ダッカではストリートチルドレンが増える一方。





【ストリートチルドレン発生・増加の構造】


<理由①地方の貧困>


現金を得られない


身を寄せられる親戚もいない


 ↓


仕事を求めダッカへ家族で移住


 ↓


親は働きっぱなし、子どもを養えない。





<理由②家族構成の複雑化>


養われない子は養子に出される。出された先で居場所がない。





ストリートチルドレンの半分以上はスラム街出身。つまりは夜は帰る場所がある子どもたち。





そんなストリートチルドレンのためにプランが運営している施設が「ドロップインセンター(=DIC)」。ダッカに11か所ある。





ここでは4種類のストリートチルドレンがいる。


①完全に身よりがない子


②親はいるが路上で働くことを強いられている子


③親戚はいるが路上で働くことを強いられている子


④スラム街に住んでいるが、昼間は路上にいるしかない子




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↑ドロップインセンターまでの道。普通の街中にある。


街中を歩いていて気づかないが、ストリートチルドレンはダッカに溶け込んでいるのだ。物乞いをする子、物売りをする子。児童労働が問題になる。




DICではそのような子たちを連れてきて登録する。


新しい子を連れてくるのはDICの子どもたち。ストリートチルドレンがストリートチルドレンを救っている。


DICでは以下のようなことを行っています。




入浴、睡眠、意識啓発(子どもの権利などの理解促進)、ライフスキル教育、カウンセリング、貯蓄習慣の習得、スポーツ、栄養状態改善、保険サービス・・・




親元へ返す仲介や仕事の紹介も行っている。




音楽、アートなど含めた学習のトレーナーもいる。








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↑ここでも笑顔で迎えてくれる!みんなとてもハキハキしている。




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↑音楽の先生と子どもたちで歌を歌ってくれた。私たちも「なんか歌って!」と言われ、雪(振り付き)を披露。


雪やこんこがこんなに役に立つとは!






アートを得意とする男の子もいる。なんとバングラデシュで表彰されています。


ダンスにしろ、アートにしろ、ここでは勉強だけでなく個性を伸ばしている。これって日本の教育現場でもとても大事なこと。だから子どもの目が輝いているのかな。




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↑裁縫もやっている。なんとお人形をもらっちゃいました!ありがとう!






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子どもたちは私たちのデジカメのシャッターを押してくれる!


なんでデジカメの扱いになれてるの?


それは、ここドロップインセンターの活動報告などでデジカメを使って写真を撮ることが多いからという。




ほかのメンバーでもっともっとよく撮れている写真がたくさんあった!ここに載せられないのが残念しょぼん





ここでも、交流が行われた。子どもたちから質問が出る。


このとき、私にとってこの旅で一番心に残る質問が出ました。





それは、また後日ご紹介します。



この旅、みんな写真を撮りまくる。

写真を見せれば、日本に帰ってどんなに説明がうまくできなくても、何とか伝えられるだろう。という思いとともに。


中でも、数人は、一眼レフで素敵な写真を撮りまくってくれている。

実は小学校や交流の場では、


「みんながカメラを向けると子どもたちが落ち着かないから。」


という理由で、カメラマンを2名ほど選出してそのメンバーに撮影をお任せする。


ハルタルと呼ばれるゼネストでホテル缶詰だった日。


我らが戦場カメラマン、通称「戦カメ」が激写した写真たちを見よう!と、鑑賞会を開催。

さて、写真を撮るのがあまりうまくない私は、なーにを提供しようかな。


ってことで、日本を出発するときにお餞別でいただいたものの1つ、梅干しを抱えて鑑賞部屋(提供バ〇ス小林)へ。


みんな、そろそろジャパニーズトラディショナルフードが恋しくなるときじゃない?


念願の梅干しパーティinダッカを敢行!


梅干しをしゃぶりながら、写真を見て今までの旅路を振り返る。

毎日が充実しすぎていて、まだ4日目なのにすでに懐かしい。


臨場感たっぷりの写真をずっと見ているともう1度そこを旅したような、

そんな気持ちになった。

とある日、部屋に帰ると電気がつかない。

当たりを見回すとホテルのほかの部分は電気がついている。

え、何?停電??


ついにきたかー!

とりあえずフロントへ駆けつけ


「自分の部屋が停電してるんです!」


と英語もどきで話してみる。

あれ、伝わらない。
というか伝え方間違えた。

「ライトがきれたんだよー!」



通じた!


「あー、これ最悪、部屋チェンジかなあ」

一抹の不安。
飛んできた岡村隆史みたいなお兄さんも困ってる。

どこかに電話して状況確認、部屋を出ていく岡村さん。

無意識に分電盤を探す私。

フロア全体の分電盤だからどこにあるかわからない。

しばらくして、作業部屋に脚立を持ち込み、ちょこんと上に立つ岡村さん。頭上にある木のボックスを怪訝そうに見上げている。

ボックスを眺める岡村さん。

作業部屋に入り覗き込む私。


…と、そこに…



あった!分電盤!!


「それ開けて!」


お、部屋の照明スイッチみたいな小ブレーカーが所狭しとならんでいる。
なるほどこれが各部屋の…


あったあった!一つだけ下がってるやつが!


「岡村さん!B-10(ブレーカーの番号)上げて!」

叫ぶ私。
無事に着く電気。

どうやら部屋の1つのライトが溶けていた。
短絡ですね。
ホッとして帰ろうとする岡村さんを呼び止めて、溶けたライトを見せたら、一生懸命変えてくれた。

いやー、入社以来始めて仕事の知識が海外で役に立った瞬間だった。


岡村さん、迅速かつ一生懸命な対応と、私をちょっぴり成長させてくれてありがとう。

次の日から、フロントは完璧に顔パスになり、メンバーからは、


「バングラデシュで電気止められた女」


ってことで散々ネタにされたことは言うまでもない。

(ていうか、フロントマン、女性の部屋番号覚えてたよね)


電気は止められたけど。リキシャに乗ればそんなこともケロっと忘れる。
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飛び跳ねる感じ!車で渋滞している道路で風を感じるのは結構爽快!


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道交渉&値段交渉。リキシャ漕ぎは英語が通じないことが多いから結構大変。

(語学力がない私はみなさんにお任せしてしまいました。こういう場面では英語とか日本語とか関係なしってことがわかった!みなさんありがとうございました。

いい思い出☆)


ガジプールの小学校で感じた違和感。

それは現地事務所でのセッションのときに正体が判明した。
とあるメンバーの質問から議論は発展する。

「教室、暗く感じて気になったんですが、小学校に電気来てないですよね?」

確かに。晴れて日照時間が長いはずの乾期の今でも確かに暗かった。


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↑実際この写真くらい暗かった。
雨期になったら真っ暗だろうな。

他のメンバーも、
「窓も小さいから日光も入って来ない。」

確かに!


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↑窓。
私たちが入り交じってかなり狭くなっていた教室だけど、そういえば日本のそれよりも圧迫感を感じたのはきっとそのせいだ。


「民家にはテレビがあったし、電気も来ていたけど、どうして小学校には来ていないのか?勉強をする子どもたちの視力がどんどん悪くなってしまう。」


そうですね。
民家を見せてもらったときは私、メーターの写真も撮ってるし(もはや職業病)、テレビも冷蔵庫もあるのを確認していた。


しかしプランスタッフは、
「バングラ人はみんな視力がとても良いからその心配はありません」
と言う。

日本も戦後は電気のない教室で勉強していた。というメンバーの意見も。


「まずは、村に電気を通す支援が必要でしょう」
日本人の主張。
ごもっとも。でもね。


「電気に関してはプランではどうすることもできない。政府や企業がやっていることだから。」

プランスタッフが回答してくれた。
学生時代散々議論してきたとおりの会話。
開発経済学において、絶対に必要不可欠だけど議論の行き止まりを示す「インフラ論」ですね。

途上国支援や貧困撲滅において、政府と、技術を持ちうる企業の必要性を現地で実感した日でした。
そして、自分が今まで選んできた道に、少し確証が得られた気がした日でした。

ただね、勘違いしてほしくないのは、

「勉強のし過ぎで視力が落ちる」

 よりも、

「テレビゲームのやり過ぎで視力が落ちる」

 方が、

深刻だってこと。

そして、勉強もテレビゲームもしてないのに、めちゃめちゃ目が悪い、私。

遺伝か。


次にスタディツアー行くとしたらそれまでにレーシックしたい。