安全について part2 | Au, au, aue ha!
おはよございます。
行き当たりばったりの私の連休生活も
今日で終わります。
ちょっとだけ、社会復帰しておいかなと
明日からしんどそうですね。

さて、今回のお題も前回 に引き続き、『安全』についてです。

安全は、本来、確率で議論すべきものではないか
といったことを書きました。


昔、鉄道は自動車より、安全なのか、
飛行機は、自動車より安全なのかといった
議論がありましたが、その比較前提になっているのは
確率(台・kmベースの死傷者数だったか)でしたが、
どちらもゼロじゃありません。
つまり「絶体安全」ではないということです。
(例示として適切なかったかもしれませんが)

最近話題となった東京直下型地震、原発再稼働問題は何れも
自然災害に対する安全性が焦点になっていますが、
自然災害に安全性を確率で考える方法は、
一般的に設計にも取り入れられています。

全国一律で設計されている?と思われている河川計画とかも、
求められる重要性に応じて、実はベースとなる降水量が異なっており、
そこには確率の考え方が導入されています。

具体的には、
50
年確率降雨量で計画されているものもあれば、
200年確率降雨量で計画されているものもあるといった具合です。

日常生活においては、安全だとか危険だと安易に
表現しているものの、口には出さないまでも
確率の大小を自分なりに勝手に感覚でとらえて
判断しているだけでのことが多いと思います。
前回、記述した「安全に対する認識のギャップ」の問題です。

また、前述の河川計画について、

高潮、台風などで降雨量が大きくなることに加えて
同時期に大地震、大津波が発生することを
前提にすれば、安全の議論はもっと複雑になります。
前回、記述した「前提とするリスク」の問題です。

原発再稼働の問題も、この手の話をすっ飛ばして、
安全だ危険だと議論しすぎているような気がします。

自然現象として、どんなリスクを想定するのか、
地震たけなのか、津波も含めるのか、台風など
その他の自然現象も加味するのか、
また、その規模はどの程度のものとするのか、
といった、
想定するリスクについて整理した上で

どの程度の破壊、破損までを許容するのか否かの
安全性の議論をしないと、
実のある議論にならないと
思います。

昨日も5月にしちゃ、暑い1日でしたが、
この夏、関西では計画停電が実施?されるか
との報道が流れています。

実施されるとなると、社会経済や国民生活にも
大きな影響がでるでしょう。

マスコミも橋下市長を引き合いに出して
原発再稼働問題での賛成派と
反対派の両者の意見を煽ってばかりいないで、


議論が深堀りされるよう、
きちっと環境づくりをしてほしいと
思います。 



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