いや、ゲームはクリアするまでやるから実質クリアしている 理論に基づくと、これはとても「生活」とは呼べない。実質死んでいるような物である。
もはや自由に動くことも叶わず、糞尿も垂れ流しで虚空を見つめていた。誰にアピールするでもないのだから、もはや「詐病」ではない。しかし真に病気であるのは、森喜朗や小沢一郎などを持て囃したかつての日本国民だ。なれば早々に救済など諦めて、高い世界に移るべきだったと今は思う。
かつて首都東京を恐怖に陥れた「オウム真理教」の教祖、麻原彰晃の姿はそこにはなかった。80年代後半に「おもしろ宗教おじさん」としてテレビで脚光を浴び、消費税を廃止せんと巨悪に立ち向かった麻原はもうどこにもいない。
死刑囚の死刑執行手続きでは、法務大臣が死刑執行命令書にサインしてから5日以内に執行され、死刑囚には執行当日の朝に伝えられる。前までは前日に伝えられていたが、その日の内に自殺する死刑囚が出たので当日の朝に変更となった。
半年前、かつての高弟達が次々と東京拘置所から移送されたと知り、この世界も長くないことは察していた。だが何故か食欲は変わらないもので、3食しっかり食べる現代日本では珍しい規則正しい生活を送っている。
しかし今日は朝食が遅い。こんなところに閉じ込めているのだから、せめてしっかり配給してほしいものだ。私は和食派なので、今まで食べたパンは13枚と数えるほどだが、ここでは和食中心なので割りと満足していた。少なくともオウム食よりはマシなものが出てくるのだ。いや、私はオウム食など食べなかったが。
そんなことを考えていたので、迫る看守の足音になど気付くはずもなかった。気付いた時には扉が開けられていた。
「出房だ」
「グフッ」
声にならない返事だった。今日は面会の予定はなかったので、この言葉の意味することがすぐに分かった。最後に食事をさせてくれないというのは、意地が悪い。
死刑執行の手順では最初に通される「教誨室」に通された。お菓子やらなんやらが置いてあったが、独房を出るまであった食欲は既に失われていた。
教誨師に遺骨の引き取り先を聞かれたので、「4女」と答えておいた。誰でも良かったのだが、4女を提案されたのでそう答えた。今思えば若干の操作がなされていた。
次に前室に通され、所長から死刑執行が正式に告げられた。ヴァジラヤーナを否定した凡夫達の顔が浮かんでくる。私でも救済できないこの世界は一体何なのであろうか。ついぞ知ることは出来なかった。
最後に執行室に手錠と目隠しをされ通される。ここでも凡夫の見世物にされていると思うと屈辱的であったが、気持ちは高次のアストラル界に向いていた。死刑という手順を踏まなくても、高い世界に意識を移すことはできたが、後に続く者のためにも避けては通れない。
一瞬の静寂が訪れる。目隠しはいいが、こうなると耳も塞いでほしかった。
そして
確かに刑は正しく執行されたのだが
驚いたことに、私の体は、宙に浮いていたのであった。
