なにかとパワハラ・アカハラにうるさい昨今,体育会系には行きづらい世の中である.
ぼくが若い頃は…というのは老人の代名詞なのだろうが,いま振り返っても面白い話を二つほど.
卒研の配属決定が3年生の11月上旬で,すぐに挨拶に行った.たしか学祭期間中だったと思う.
当時の国立大学の3年後期なんて消化試合みたいなカリキュラムだったので,空いている時間はすべて研究室に行っていた.さながら,部室に入り浸る大学一年生のよう.
挨拶の翌日には自分のデスクを確保し,教科書とマグカップを並べ(←これをやってみたい,そんなお年頃だった),せかせかと卒論を読んでいた.とはいえ,一日中読むのも飽きるので,気を利かせた先輩が雑用を振ってくれて,ゴミ出しとか,トナー交換とか,薬品発注とか,やってた.そのなかの一つに,学生実験の準備があった.
うちの研究室が担当する実験テーマは事前の洗い物が面倒で,ざっと300-400くらいのビーカーを洗う必要があったような気がする.しかも,Elix水じゃなくてMilliQ水.もちろん,水道水3回→Elix3回→MilliQ3回のコンボ.
実験TA(ティーチングアシスタント)はM2がから1人,M1から1人出す予定だったのだが,M2の先輩がとても調子の良い(愛嬌のある)女性の方で,「私,あとで行くから先にやっといてくれる?」と.
・・・もちろん来てくれるわけもないのだが,純朴なぼくはせっせと洗い物をこなす.気づけばすべてを洗い終え,「先輩終わりました!」→「ごめ~ん,ありがとう!」という生産性が皆無なキャッチボールをした.
ここで終わるなら良かったのだが,先輩は「修論前で実験が切羽詰まっているから,当日のTAを誰かに代わってもらえたら助かるなぁ」と.もちろんM1もB4も忙しいので,そんなホイホイ代打を打ってくれる人もおらず,つまりは一番ひまなぼくがなし崩し的に立候補することに.
かくしてぼくは3年生の後期という,他の大学ならばまだ学生実験をやるお年頃になぜか2年生の学生実験TAに出たことがある.
ちなみに,当日朝,先生の車にガラス器具を詰めるところも自分でやった.いま振り返っても忠犬である.
長くなったので,もう一つの話はまた今度.