人生で一番昔の記憶が

姉兄だった人たちに顔を鉛筆で刺されていたこと


幼かった頃は、殴られたり蹴られたり首を絞められたりガラスの灰皿やお皿を投げつけられたり締め出されたりショッピングセンターに放置されたり保育園に迎えに来てもらえなかったり足の着かない深さの海で放り投げられたり屋根から落とされて膝が痛かったりインフルだったりしても病院に連れて行ってもらえなかったり給食費を払ってもらえなくて学校でいじめられたりしていた私ですけれども、

母方の祖母が息をしていないとか何かの契約が出来ないとかの面倒なことは全て私が呼び出されて処理していたんですよね

なんで可愛がっていた上の人ではなくて私なのかという疑問すら持たなかったんですけど、先程見ていたSNSで似たような投稿で毒親の典型例であるとしりました

あー、そうなんだ、上には嫌われたくないから面倒なことはさせないんだと知りました


大人たちがね、いじめとか虐待とかで苦しんでいるなら電話してねみたいな団体を作って小さなカードみたいなのを配ったりして国とかから補助金なんてもらって運営してますけれど、実際に子どもなんてその存在すらよく分からないし、カードをまじまじと見るなんてこともなかなかしないわけですよ

そもそもどこで電話するんだい?

家の電話を使っていて見つかったら大変よ

警察は民事だなんだと理由をつけて動いてくれないことが多々ありますし、昭和の頃はもっと頼りにもなっていたと思うんですけれどね、なんとか決意して警察に行っても親に話を聞きに行って、親が喧嘩しただけですよ〜とか言ったら家に帰して更に虐待が酷くなって最悪な結末を迎える子どももいるわけですよね

多くの学校の先生たちも、面倒なことには首を突っ込まないでしょうし、自己肯定感の低くなった子どもが助けを求めることがどれほど難しいか

私が子供の頃はお節介な人がいてくれたから、生きているんですよ

諦めることの方がマシだから、助けてと叫ぶことをやめてしまうのです

今でも呪いは解けずに自己肯定感など無いに等しいのですが、頼もしい仲間や家族、そして気にしないスキルを得た私は強くなりました


子どもは宝

周りの大人たちがもう少しだけ関心と優しさを持てたらなと思います