自慢しますと、物心ついた頃から外に出されていて、走り回っていたり飛んだり跳ねたりしていた私は運動能力も体力も相当だったので、常にリレーの選手だったり鼓笛隊の先頭だったり水泳のお手本だったりと、運動面で目立つことはほぼやっていたんです。

何なら小学五年生までは身長も一番大きかったし、力も強かったです。

やれることは多かったのですが、なんせ貧乏で可哀想な子だったから、先生としては扱いにくかったかもしれません。

お昼寝の時間に数人で大騒ぎして、私だけ別室でがっつり叱られたりもしました。

目立つようなことばかりしていましたが、退園時間になると、存在を消すように小さくなって迎えが来ても来なくても一人で帰るようになりましたが、特に保育園から注意されるわけでもなく…今の御時世なら大問題ですね。

家に帰っても、兄弟にはいじめられ、親には叱りつけられる。

だけど、家族が迎えに来てくれている友達に置いていかれるのも苦しい。

何度、泣きながら帰ったでしょうか。

母親は平気で約束を破り、なぜか私を叱りつけるのですが、年少の頃までは絶対的な存在だったと思います。

ある時、私が帰っていた所に出くわした母親に、私も行きたいと駄々をこねると、私を待っているから自転車取っておいでと言われて本当に嬉しくて、自転車でそこに戻ったらもう母親は行ってしまっていた…その時やっと、母親は私を連れて行きたくないから嘘までついたんだと理解して、裏切りというのを知ったのです。

泣きながら家に戻りました。

母親と一緒にいられるという期待が大きすぎて、現実が受け止めきれなくて。

今思えば、そんなことに心躍るほど、愛情を得られて居なかったんでしょう。

母親は、私が行けばパチンコも気が散るし、私にゲームしていろと渡すお金も無駄だったのです。

自分が悪い子だから置いていかれたんだと苦しんで、中学まで勉強も運動も頑張ったのですが、まぁそんなの認める家庭ではなかったから無駄でした。


大人になって、学の低さで恥ずかしい思いをしたりバカにされたりもしました。

親の財力で子の未来は変わるというのは本当です。

行政やどこぞの組織を頼れば援助を受けられるでしょうが、そんなことを中学生が分かるはずもないのです。

虐待されていることすら分かっていないし、周りの大人達も 可哀想に と言うばかりで、救い出してはくれないのです。


学校は、虐待はともかく貧乏か否かは分かると思うんですよ。

私のように給食費等の諸費用を払えないとか、持ち物が古いとか壊れているとか汚いとか、進路にあたっては学力よりも通学の距離や費用の低さを優先しているとかで。

中学の時、私も担任や進路指導の教師に、本当にその高校でよいのか何度も意思確認され、親がそこしか無理だと言っているから仕方がないと話し、担任たちが親と私を説得しようとしても、金がもったいないからとは言えない親が何を言ったか知らないけれども、どうにもなりませんでした。

行政を頼れば…なんて、カスみたいなプライドを持つタイプの貧乏人は認めないんですよ。

そこまでして私を良い高校へ入れてあげたいなんて思うはずがないんですから。


私は自分で決めて生きてきたと思っています。

進路を決める際、反抗しなかったのは私。

でも置かれた場所でやることはやって、高校の進路指導の教師に認められて、一番人気のある職場に行けました。

そこで夫と出会って今に至るまで、私は自分で決断してきたと自負しています。

子供が生まれて、嫁に行ったんだから他人だと言われ親に捨てられたと感じるまでもなく私が親姉兄を捨てました。

学歴主義の、自分は大した学歴もない義母に、夫たちは立派だと自慢されてもこらえました。

長男が進学校に行き、自分の夢を叶えたのは夫の息子だからだと言われても、そりゃそうでしょと思っています。

でもその子を生み育てたのは私です。義母ではありません。


自分の子を虐待してアヤめる親と、自分たちは間違っていないと記者会見する児童相談所。

子供は、決定的な気づきがなければ親と一緒に居たいのだから、痛いことをされていると言えば離れ離れになると親から言われて言えなくなることもあるでしょう。

それを保護しなくて良いと判断するのは楽をしたいからなんじゃないかと勘ぐってしまいますね。


だらだらと思いつくことをなぐり書きする雨の夜です。