幼い頃、私は所謂放置子ってやつだった。

幼稚園から一人で40分かけて帰ったし、帰宅してもカギが開かなくて二時間くらい座っていたし、家族の誰かと揉めたら全て私のせいだし、家出をしても気にもとめない、ただ学校に何か言われるのは困るから探しているというポーズだけするし、不登校になっても知らん顔だし。

マンモス校だった小学校の運動会、昼休みになってもどこに居るのかも分からないし迎えにも来ない。30分程泣きそうになりながら探し回って、周りの父兄がおや?って見始めた頃に、親に言われてイライラした兄弟がやって来る。

幼かった私は、それでもみんなで母親の作ったご飯を食べることが嬉しかった。

今思えば、辛くて悲しくて、可哀想な子だった。

それでも母親を求めるのが子供なんだよなぁ。

ひどい仕打ちをされても、絶対的信頼がそこにはあった。

非情にも全てが覆される日が来るのだけれども、その日まではどれほど傷ついても、母親の愛情を求め続けたんだよな。

親から、私が生まれることを望んでいなかったと言われた小学校低学年から、自分の価値を見出すことが出来なくなって、今の家庭を持ってからも、自分の未来を想像できない。


虐待されたりすると、自分も同じことをするって人が多いらしいけれど、それもやはり個人の問題。

私は決してあの母親のようにはならないんだと強く思っているし、息子たちの幸せこそが自分の幸せなのだと言っている。

私から羽ばたいて行くのは苦しいけれど、自分の自己満足のために子供を使う親にはなりたくない。


生きてるのか死んでるのかも分からない親兄弟たちよ、あれほど虐げてきた私のほうが絶対幸せだろ。