人に望まれて長になるのとそうでないのとでは、経過も結果も違ってくるのだなと、そこそこ長い人生経験で学んだ。

小中学校の頃のボスママしかり

現在の保護者会の会長しかり

私が私がと人をかき分けて立候補する人は危険が伴うのだな。

次男が幼稚園の時のPTA会長もまさにそうだった。

上に立ちたい、人を思うように動かしたい、会長と呼ばれたい…

子どもたちのために ではなく

自分のために思ったことを遠慮なく口にするのは、子どもたちには真逆の作用になってしまうと気が付かない。


不思議なことに、カルト教と同じで謎理論に追随する人がいるし、それがそもそもの自分の思想だと思い込んでしまう。

あれは極度の共感?

それとも長いものには巻かれたい症候群?


自分から拒絶しない限り、本当の一人ぼっちにはならないのかもしれないなぁ。


現会長は、入学した段階で

「おら、会長になる!」と、二学年上の保護者たちを下に見た発言をしていたと聞いて呆れてしまった。

筋の通らない主張を繰り返すヤバイ人認定。