あちこちに普段とは違った状態が見られるようになり、終活を考えながらの生活。
実際はなかなか進まないけれど、少しでも確実に自分の物を減らして行かなくては と考える毎日。
手術を何度か経験し、無くなってしまった臓器。輸血で献血が出来なくなった血液。
自分の体を甘やかし、少しずつ少しずつ痛めつけてきたツケが今。
学生時代までの、誰からも大切にされない生活から一転した今も、自分のことを気遣う事が悪いことのように思えてしまう。
痛いことも不安なことも我慢することが当たり前の幼少期を経て、必要としてくれている人が居ると思える今も。
死にたくないって
自分が一番大切だって思うものだよ
そんな事を子供たちに言われるまで知らなかった。私は死ぬことが怖くなかったし、私なんてどうなっても良かった。
それが今は、子供たちを悲しませたくないと思う。私にもとうとう、大切な人が出来た証。
それでも、そう思っても尚、自分の優先順位は上がらない。それほどに幼い頃の親から受ける環境の影響は大きいのだ。
どうか、子供が大切にされますように。
肉体的、精神的な虐待も
生活の困窮も
それらに掛かる差別的な扱いも
何もない生活が出来ますように。
親は子の将来を思い、ルールやマナーを教え
社会から排除されること無く生きていけるように行動して欲しい。
子育ては電子機器、都合が悪くなると怒鳴る、
そんな親をどれ程見てきたか。
その親の元で育った子への影響よりも自分の楽さを優先させたツケはいつかやってくる。
対岸の火事ではないと知るのは当事者になってからだ。しかも自分の非には気が付かない。
破綻した家庭の、破滅的な子育て。
見ぬふりをする政府。
教育とは何?
勉強が出来れば良い?
躾とは?
私は勉強を頑張ったけれど、親から何も得ることは出来なかったし、希望する教育を受けることも無かった。諦めしか無かった。
親は勝手に子を産む。
責任を持って育てて欲しい。
覚悟と責任を持てないのなら子供を作るな。
イカれた政治家はとにかく産めば良いと無責任に言うけれど、育てるのも責任を持つのも親であって政治家では無い。古い時代の、嫁をいびる姑みたいだ。
あぁ、何が言いたいのか分からなくなってきた…。
子供の幸せを思う社会になる事をただ祈る。