旦那さん、自分的弧線に触れるボランティアを
それはそれは大事にしているんですけど
毎年更新時期には
 貴方の”立派”なボランティアは家族の犠牲のもとに成り立っているのだ
と話して居るから理解しているのかと思っていたのは最初だけ。
子供が生まれて幼稚園の役を引き受けてからもう17年もの間、旦那さんの承認欲求を埋め続けてきたボランティアは、何よりも優先すべきものになりつつあって、
いよいよ次男の小学校生活も終わりに近づき
家族が参加できる行事も最後。
そんな、私的に大切な日も
旦那さんは役員さん達と過ごすことを選ぶのです。
本来、必要のないお手伝いを自ら進んで買って出て、お母様方や係の人達に感謝される。
いつも、そう。旦那さんが役をやっている期間、つまり子供の幼稚園と小学校時代ほぼ全ての行事で
私は旦那さんと並んで見ることは無かったのです。
私も、他の役員さんよりも旦那さんは仕事が出来るし気配りもしているのは認めていますが
その陰で私だけは置いてきぼりなのです。
昨年の年末、旦那さんには役を降りて欲しいと言いました。
何の縛りも無く、ただ息子の父親として
私の旦那さんとして居て欲しかった…
でもそんな気持ちは届かなく、最後まで役を真当するのです。

ずっと、ボランティアをすることに反対はしませんでしたし、頑張る父親を子どもたちが誇りに思えるよう、言葉かけもしてきました。
そんな私の最後の願いも虚しく、最後の行事も私はひとりぼっち。
決まったことだから、何か言うことはありませんが、ただただ寂しい。
という愚痴でした。