夏の御見舞に、とやってきた
目的は布教活動だ。
何かを信仰して40年を超え、やっと神様は認めてくれて、引き出しを開ければ
欲しくて悶絶していたような物が入っていて
財布を見ればお金が湧いて出てくる。とな。
…トリッキー過ぎて愛想笑いも消えるってものだ。

終いには
40も年下の私に指を差しながら
私だけじゃなくあなた(あんた?)の周りにも居るのよ!
とのたまった。

私は、信仰で一家離散した家族を知っている。
あれが神様のやること?
それとも都合よく
「神様が守ってくれたからアレくらいで済んだ」
あるいは「信仰が足りなかった」?

私は、私が求めたから今があると思っている。
信仰は自由だけど、無理強いしないで欲しい。
もし私が他の神様を信仰していたら、何ていうのだろうなぁ。
神様を信仰する人が、他の神様を口撃する姿も目にしたことがあるけれど、醜いものだなと思った。
信仰することで心の拠り所になるなら良いこと。でも私は神様よりも信じられる人が居る。
そういうこと。

だいたいね、人を指差してんじゃないわよ!
失礼な!