長男が負傷し、しばらくお迎え。
どうしようもない事で怪我をして迷惑を掛ける常習犯。
少しは反省しろ!と、
今回の怪我の元となった同級生の子共々に怒っております。

さて、そのお迎えに行く先の駅前に
布教活動中らしい方がお二人が立っています。
暑い夏も寒い冬も。
ふと、布教活動ってそもそもなんで行われているのかという疑問が湧きました。
単純に、その宗教を広めたい?
それとも集金目的?

その駅前の人たちは、声を掛けるでもなく
ただ微笑みをたたえながら、行き交う人を見守っていますので、キャッチ的迷惑行為はありません。
ただ、見つめられると少し…
この活動は組織からの司令なのか、はたまた自発的なのか。
パンフレットをかけているラックは明かりまで付いていて、個人で準備したものとは思えない仕様です。

信じる人は信じれば良いけど、無理強いされて信じられるものなど無いと思っていますし、助けてくれるのはやはり人間。
と、思っています。

宗教に夢中になって友人を無くした人たちのことも知っています。私も結局は疎遠になってしまいました。

信じる対象は人それぞれ。
気持ちとしての寄付ではない金銭の上納や物品売買が必要になると、それは商売。

だよなー