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38度線の北側でのできごと

38度線の北側の国でのお話を書きます

 テライユキという名前に聞き覚えのある人はいるだろうか。

 

 1990年代後半に生まれたバーチャルアイドルの走りである。彼女はデビュー後歌を発表し、写真集を出した。その写真集を発売当時、ぼくは大きな書店で見たのだが「ああ、来たか」と思った。

 

 今となっては画像も荒く、3Dの技術も拙いが、約四半世紀経ってもテライユキはテライユキ、デビュー当時のままである。もちろんだがCGだから年はとらない。

 

 自分と同世代のアイドルが、久しぶりにテレビに出るとぎょっとする。しわが増え、白髪が生え、ほうれい線がある。もちろん見ているこっちだって同じであるが失礼ながら「歳とったなぁ」と心底思うのだ。

 

  テライユキの登場に戦慄したのは、肉体的な限界を突破するアイドルが、既存のアイドルを喰っていくのではないかという予感だった。やがて二次元に支配され、三次元のアイドルは退散せざるを得ないのではないかと思った。

 

 しかしテライユキは今や、知る人は知る存在となった。初音ミクはじめ、以降現れたバーチャルアイドルは幾人もいるが、彼女たちはまだ三次元の世界を席巻してはいない。幸いなことに。

 

 中居正広のスキャンダルが大変なことになっている。もう復帰は無理だろう。

 

 中居ほどでなくてもスキャンダルはある。同じSMAPなら全裸男の草彅剛。道交法違反と公務執行妨害、本来なら殺人未遂だと個人的には思うが、稲垣吾郎メンバー。

 

 その度にCMは差し換えになり、謝罪と謹慎がある。刑法犯でなくともスキャンダルがある。例えば不倫。刑法犯だが薬物。未成年の飲酒に喫煙。

 

 アイドル像は度々崩される。我々が期待している清潔さに耐えられなくなり、人らしい姿を見せて非難される。

 

 CMを見ていると最近、アニメーションが増えている。製作費もアイドルを起用するより安く、劣化せず、そしてスキャンダルもない。人間のアイドルにはリスクがある。何かこいつやらかすんじゃないか。そんなリスクと疑いを持ちながら起用する。

 

 AIでジブリ風の映像を作りながら思ったのは、この映像の彼ら彼女たちというのは決してスキャンダルはしない。我々の期待のまま、清潔に、笑顔を向けてくれる。俗な話だが、元ジャニーズのイケメンと結婚することもなく、薬物にも手を出さない。そして劣化しない。

 

 推しを変えることも容易だ。人間の恋愛、まして結婚だったらパートナーと別れるのは一苦労だ。時に弁護士が出てきて、時に多額の慰謝料を払い、揉めに揉める。

 

 かつて勤めた会社に二次元に旅立った人がいて「オレの脳内には7人の嫁がいる」と豪語していた。その様子を「こいつ、頭お花畑じゃねえか」と笑っていたのだが、笑えなくなってしまった。

 

 彼の脳内から嫁は飛び出し、CM枠を人から奪い、そのうちたぶん人間のアイドルを駆逐するだろう。推しに多額の金を貢ぐリスクもなく、他のファンと張り合うこともなく、突然の卒業(という名のスキャンダル発覚)もない。

 

 いつまでも自分の横にいて、笑顔を自分にだけ向けてくれる。AIの機能があれば会話も弾む。生身の人間との会話は実に億劫だ。

 

 …。その億劫さを乗り越えて築く信頼関係もあるのだが。

 

 テライユキは今も変わらず笑顔だ。私は今のところ二次元に旅立とうとは思っていない。だが、25年の間に、じわりじわりとバーチャルアイドルと、AIにとって代わられている。

 

 コンカフェの客引きを見る度にテライユキのことを思い出す。いつも気だるく、笑顔も覇気もなくバーの店員らしくない、話してもお酒を飲んでも面白くなさそうな彼女たちは、もしかするとAIたちに押し出された結果ではないかと。