金日宇さんのこと | 38度線の北側でのできごと

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 材でもプライベートでも、朝鮮学校を訪れると日宇さんは必ずいて、ぼくを見つけるとにやにやしながら「怪しい奴発見!」というのが、いつもの日宇さんで、こちらはこちらで「何言ってるんですか!」とツッコミを入れるのが毎回だった。このやりとりはしっかり朝鮮学校の生徒に見られていて、生徒たちはドン引き。「ぼ、ぼくは怪しくないぞ」と生徒たちに言ってもなかなか信じてもらえず、大変な思いを何度かしたことがある。

 

 日宇さんの発行する「朝鮮学校のある風景」という冊子に一度寄稿させてもらったことがある。原稿用紙25枚、修正ほぼなし。いくつが誤字もあり。25枚というのはなかなかの量で、書けるかなと思ったらしっかりと書けて安心した覚えがある。次号の読者の感想は総じて良く、ちょっと誇らしかった覚えがある。

 

 最後に会ったのは東京の朝鮮学校の文化祭で、在日朝鮮人の生徒が主体思想塔のたいまつについて解説していたのだが、朝鮮語で説明しているのに塔の炎の部分だけ「たいまつ」と日本語で言うので「烽火」(봉화)じゃないか?と話していたら、後ろから日宇さんが現れ「この人は怪しいですよぉ」とまた、言うのだ。日本語でしか説明できない生徒は、怪しい日本人の朝鮮語の指摘にドギマギ。そして日宇さんのことばに表情が強張っていた。

 

 またどこかで出くわして「怪しい人です」と言われるんだろなと思っていた。「何言ってるんですか!」ということばに、ぐふふと笑うのが常だった。日朝ボケツッコミ対決。相手は神出鬼没。

 

 その日宇さんが亡くなっていたことを昨日知った。あの軽妙なやり取りはもう出来ない。朝鮮学校のある風景はどうなるのだろうか。寂しい。

 

 あのくだらない、軽妙なやり取りをもう一度やりたかった。寂しいなぁ。寂しい。