大塚いい街(2) | 38度線の北側でのできごと

38度線の北側でのできごと

38度線の北側の国でのお話を書きます

 生の経験値のなさが若者のひとつの条件とするのならその点ぼくも未だ若者であって、子ども部屋おじさん、通称こどおじなどと呼ばれる同世代の人たちもたぶんそんな存在なのだろう。年齢不相応の緩んだ表情。童顔というか幼いというか。経験値を重ねていない何か悪い魔法をかけられ大人になりそこなった中年がうろうろと街を歩いている。

 

 けれど今の若者も実は大変で、生まれてこの方景気のいい話は全くなく、大学は既に就職予備校と成り果てて枠を外れようとしない。奨学金の返済が重くのしかかり日々の暮らしは慎ましく、堅実で、冒険も避け抜け目のなく計算高い老成した表情で歩いている。

 

 近親憎悪とまではいはなくても、年金を貰って逃げ切れる世代の高笑いが響く空の下、目も合わさずぼくたちはすれ違う。

 

 だから時々若者らしい若者と出くわすとぼくは畏怖のようなものを感じる。

 

 最近すっかり夜の東京は秋の風が吹いていて、ぼくは今シーズン初のセブンイレブンのカフェオレを買った。妻が時々くれるクオカードで、1杯150円のカフェオレを飲むのはぼくのささやかな贅沢のひとつだ。

 

 コーヒーマシーンにはカップルが並んでいた。大学生か社会人1,2年目くらいの。高そうな黒いジャケットを着た男と、小さい顔の半分くらいの大きさのレンズのメガネをかけた女の子。

 

 並ぶぼくに気づき、男が謝る。「あ、申し訳ありません」。女の子が謝る。「あ、ごめんなさい」。男がアイスコーヒーを入れているマシーンはカフェオレ兼用で、横のコーヒー専用機は空いていた。ぼんやりと待つぼくに女の子がサッと気づき「いけない」と小さく呟いたのだった。

 

 構いませんよといってもふたりは恐縮している。「こっちに並べばよかったね」と女の子が空いているコーヒー専用機を指さす。男が頷く。

 

「だって君たち、ぼくがカフェオレを頼んでこっちに並ぶなんてわからないでしょ。しょうがないじゃない」。

 

 とりなすようにぼくはいう。君たち、ということばが自分から出たことにぼくはぞっとした。「そういえばそうですよね」もう一度笑い、カップルは会釈をひとつ残して店から出て行った。

 

 コンビニを出て左に曲がれば住宅街、右に曲がれば駅。

 

 彼らはどこにったのだろう。彼らが店を出た数分後、カフェオレを飲みながらぼくは駅に向かったが、彼らに追いつくことはなかった。

 

 会釈と爽やかさをぼくに残して彼らはどこまで帰ったのだろう。駅前のホープ軒には列が出来ていた。三ノ輪橋行きの最終の都電が駅を発つのが見えたが、大塚の夜はまだまだ更ける様子を見せなかった。