すもも

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妊娠8か月に入り、初期のつわりに似た食欲不振に見舞われています。

 

少し前はスイカに、今は秋のフルーツを所望の胎児。

 

今日、スーパーで真っ赤なおいしそうなすももを買いました。

うちに帰り、冷蔵庫でしっかり冷やし頬張ったすももは

びっくりするほどおいしくて、キッチンのシンクで立ったまま

2個、3個と一気に食べました。

 

体がすももを欲してるのを感じました。

 

 

 

実は、私

長くすももを避けていました。

極力ですが。

 

すももを避けるって、ちょっと大げさですが

なんというか、意図的に

「すももについて考えないようにしていた」

わけです。

 

まぁ、すももなんて

食べずにいても人生なんの問題もありませんし

外食ですももを出されて困るなんて事もまったくなく。

 

今まで、なんの苦労もなくすももを避けられていたのです。

 

それが、妊娠してから異様にすももに惹かれるようになりました。

 

シンクで、口からダラダラすももの汁を垂らしながら

口だけじゃなく胸がぎゅっと酸っぱくなるのを感じました。

 

すももは母の唯一の好物でした。

 

私はすもも以外の、母の好物を知りません。

 

だから、すももを見ると母を思い出してしまうんです。

 

 

私は優しい母が大好きでした。

生まれてすぐ、父親が蒸発したので

母親の実家に居候していた我々母子。

 

母はいつも祖父母や兄嫁に小言を言われており

私はそんな母がかわいそうで、世界中で私だけが母の味方のつもりでいました。

 

泣き虫でひとみしりで体も弱い子供だった私は

すごく育てにくかったと思います。

 

それでも母は、一度も嫌な顔をしたり、叱ったり、冷たく接することはありませんでした。

 

眠る前はよく、神様に祈りました。

 

「どうか、次に生まれ変わっても

お母さんの子供に生まれさせてください。

ずっと一緒にいさせてください。」

 

母を叱る祖父母も兄嫁のおばさんも嫌いでした。

 

私は田舎の山奥の家で、母だけを想って生きていました。

 

 

それが、私が小学3年生になり、しばらくすると

母は家に戻らなくなりました。

 

「仕事後、最終バスに間に合わない」

という理由でした。

 

私はさみしくてさみしくて、母がいない夜は

祖母の隣で寝ながら声を殺して泣きました。

 

祖父はそんな母を叱責し、自動車免許を取るお金を用意し車も買い与えました。

 

そしたら帰ってくるだろうと。

 

母は、バスの心配がなくなった後も帰って来ませんでした。

 

私はその頃、小学生にもなって夜尿症が治らず

アレルギー症状も悪化して、完全にストレス性の問題が起きていました。

 

全身かきむしり、包帯をしていましたが

そこから滲むほど血だらけでした。

 

母の悪口を言う叔母を嫌いつつも

生活するために、必死でご機嫌をとりながら暮らしました。

 

ひょうきんで食いしん坊の明るい女の子で居続けました。

 

私が寂しいと言うと、また母が叱られるからです。

 

会いたいのに、必死にへっちゃらなふりをしていました。

 

 

母が仕事場のそばにアパートを借り

一緒に住もうと言われた時は夢ごこちでした。

 

行った先には、母だけじゃなく恋人の男性がいました。

 

昔みたいに一緒に眠れると思っていたら、

母は恋人と眠るので、私は一人でした。

 

キッチンの横にカーテンをつけたスペースで寝かされました。

 

夜の仕事を始めた母と恋人がいない夜

私はさみしくて、不安で、これまた毎晩泣きました。

 

大好きな母に捨てられたような気持でした。

 

演技しながらも、誰かに囲まれて生活する居候先の夜と

自由にありのままでいられるけど、本当にひとりぼっちの夜と

どちらが良かったのか、今考えたらよくわかりませんが

とにかく、常に孤独でした。

 

学校は田舎で片親の子がいなかったので私は浮いてました。

父親じゃない男性が私を迎えに来たりするので

あれは誰かと聞かれました。

可哀想だと思われたくなくて、学校でも明るく元気な女の子を一生懸命演じていました。

三つ編みを沢山あんで、スティービーワンダーみたいな髪型で登校したり、ダジャレのみで会話する技術を磨いたり、少し方向が間違っていましたが、おおむね成功してイジメには合わず、ぎりぎり「変わり者」枠でやりすごしました。

 

母は嘘つきで、よく軽はずみな約束をして

当日すっぽかしました。

 

買い物の約束も、動物園の約束も、PTAの約束も

期待させては裏切るので、だんだん母への

妄信にも似た鉄壁の愛情がゆるぎ始めました。

 

その後、母は男性と別れ

又私を連れて祖父母の家に戻りました。

 

その後は転げ落ちるように

母への愛情はなくなっていきます。

 

母には盗癖があり、そのことで

何度も衝突しました。

 

良くしてくれる親戚の娘さんのクレジットカードが財布に何枚も入っていたり、バイト先の店番でレジからお金を抜いたり

私が高校生になってバイトを始めてからは、私の財布からもお金を抜くようになりました。

 

母は私が中学卒業時に再婚したのですが

その男性と、お金がないのに身の丈に合わない買い物をしたり

パチンコに毎日行ったり、妊婦なのにタバコを吸ったり

最終的には自己破産をするほどの借金にまみれていました。

 

再婚相手との夜の営みも何度も目撃して

本当に気持ちが悪かったです。

 

私は母の作った食事が食べられなくなりました。

思春期ってだけじゃなく、生理的に無理でした。

衛生面もおかしくて、私は母が歯磨きしているのを見たことがありません。家じゅうどこもかしこも不潔でした。

 

見栄っ張りで、謎の行商の勧めるままに

8万する「象の皮でできてる」って変な服を買ったりしてしまうバカでした。

 

私は、嫌いな所を見つけるたびに

イライラしたり、泣いたり、怒ったりしましたが

同時にどんどん気持ちが楽になりました。

 

好きだとつらいから。

嫌いな方がよっぽど楽なんですよ。

 

本当に、嫌えば嫌うほど

生きやすくなりました。

 

それでも、たまに

優しくて面白い母を思い出してしまう。

 

大事に抱きしめて、絵本を読んでくれた夜を思い出してしまう。

 

そのたびに、アイツは泥棒。

男好きのキチガイなんだ。

 

と自分に言い聞かせるのです。

 

盗癖も、嘘つきも、男にだらしないのも、はっきり言って

まだまだ嫌いになるには足りなくて

実質的な距離をとって、東京に出てからも期待しては傷つけられることが続きました。

 

もう期待しないと決めたのに

なんでしてしまうのか。

 

彼女は、きっと簡単に

私を喜ばすことも悲しませることもできるのに

子供時代以降、一度も心から私を喜ばせてくれた事がないのです。体も大きくなって気持ちも強くなったはずの私は、遠い東京に逃げた後も、何度も滅茶苦茶に傷つけられました。

 

私は結婚を機に、完全に母親と縁を切りました。

 

こんなに楽な事があるんだ!

と、目から鱗がボッローと落ちるほど楽になりました。

 

娘が生まれたことも、おなかに赤ちゃんがいることも

母は知りません。

今後も教える予定はありません。

東京よりももっと距離的に遠い場所に来た今

彼女を想っても、まったく何も感じなくなりました。

 

 

そんな遠い母なのに

すももを食べると

 

貧しいのに、美味しいものは何でも私に分けてくれたことを

唯一の楽しみが、スーパーの安売りのすももだったことを

誰に嫌味を言われても、私を褒めてくれたことを

思い出してしまう。

 

今思えば、母がダメな人間で嫌われていたので、

母に対しての嫌味で私を悪く言う人が多かったのだと思います。

よく「子供らしくなくてかわいくない」と言われました。

それを「そんなことない、可愛い」とかばってくれました。

 

母の好きだった面をすももが

なぜか思い出させるんです。

 

味もめちゃくちゃ好きで。

すっごくおいしく感じるんです。

 

「すももが好きなんて

私は母親に近い部分があるのか?」など

たかがすももで、自分の遺伝子にぞっとしたりもします。

 

そんなこんなで、今日、すももをガツガツ食べてから

しばし母の幻影に胸がいっぱいになり

シンクで少しぼーっとしてしまいました。

 

 

その時、娘が私に

 

「ママー!ママ!ママ、ママ、マ~~~マ!

おいで~、おいでよ~~!」

 

と、言いました。

 

娘はキッチンガードに阻まれて

私に近づけなくて、必死に手をのばしています。

 

小さくて、少し温度の高いしめった手を

私の方にのばしてバタバタしています。

 

私はハッとしました。

 

この子、ママより先に「パパ」って言ったんですよ。

「ワンワン」や「アンパンマン」にも負けました。

 

だけど、たぶん

生まれてから2年9か月、娘の口から一番たくさん発せられた意味のある単語は「ママ」なんじゃないか、と。

 

毎日「ママ、ママ、ママ、ママ」

 

私の事が大好きで、大好きで、

すごくそれが伝わる「ママ」って甘い声。

 

私も毎日「お母さん、お母さん」と言って求めて呼んでいたけど

ある時から、その名前を

幸せな気持ちや愛情をこめて呼べなくなって

後半は憎しみや、悲しみと必ず一緒の単語になってしまいました。

 

けど、今

娘は全身全霊で素直に

愛情いっぱいに「ママ」って呼んでくれてて

もうそれだけで、毛穴がバッカ~っと開いて

幸福のモワモワが出てきそうなほどの気持ちで

 

すももで発生したジュワジュワした

胸の奥をえぐるような悲しみが消えました。

 

 

私はまだ完全に母を嫌いになりきれてない。

それが、私をまた傷つけました。

 

愛されていた(と錯覚していたのかも)記憶が

 

「あの人は男運のない可哀想な人だった

クレプトマニア(盗癖)の治療を受けるべき病人だった。

私にできたことが何かあったのかもしれない。」

という同情につながり、無意識に自分を責めていたのですが

 

「お母さん」と愛情を持って呼べない私は

もう母と離れるべき人間で

一生、直に「お母さん」と声をかける必要はないんだと

強く思うことができました。

 

いつか母が亡くなったとき「お母さん」と声に出して言ってみるかもしれません。その時に、愛情があってもなくても、もう後悔しない。

 

もう、すももを食べても

いちいちおセンチにならない。

 

すももはすもも。

ただの果実です。

 

私は笑顔で、すももが食べたい。

 

娘が、これから生まれる息子が

私を一生涯、愛情に基づいた気持ちで「ママ」と呼べる人間でいたい。

 

そう強く決意し、残ったすももをこの時間(深夜2:00)

食べることにしました。

きっともう、心は動かないと思います。

 

たかが「すもも」で

こんなに感情が動きまくった1日でした。

 

じゃ、お夜食にすももたべまーす!

 

 

久々のブログなのに長くて暗!!!

 

出産準備や幼稚園探しのこと、娘のかわいいホクロについて

抱っこひもの選び方などなど、書きたい日記がたまっています。

すもものせいで、全部後回し。

 

くそ、すももめ~!!!

 

 

最後に。

今、親とのトラブルと決別できないでいる方がいたら

心安らかに付き合えるよう願っています。

どうしても苦しければ絶縁をおすすめします。

 

連絡を絶ってすら、こうしてたまに傷つくことがあります。

どうか無理なさらずに。

 

深夜に長く暗い日記でごめんなさい。

ブログ更新なかったですが、おなかの赤ちゃんも元気、私も元気です。

 

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コメントは全てありがたく読ませていただいていますが

お返事は出来る時だけにさせて頂いております。

 

質問も、できるだけお応えしたいのですが

次回のブログ等で、これまた返信できる時のみになります。

 

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