今日は、突然の大雪です。
窓をみてびっくりしました。
外の景色が真っ白で全く見えません。
銀世界。
まるで、故郷に帰ってきたようです。
私は、雪国育ちなので嬉しい・・・・・・。
なんだか、思い出の回想にしたることは、後ろ向きなので、本当は好きではありません。
でも、色々あったりすると、ついつい楽しかったときのことを思い出して・・・・・、
今を直視することから目を背けがちになってしまいます。
壁にぶつかったり、なかなか前に進めかったり、一人で苦しかったり・・・・・。
色々あるからこそ、人生面白いのですが、今日は自分にちょっと優しくしてみようかな・・・・・。
優しい時間を思い出して、心に風邪薬・・・・![]()
ヨーロッパと日本で、大切な人と離れて暮らしていた時期がありました。
仕事をやめて一緒にくるように誘われましたが、悩んでそのまま日本に私は残ることを選択しました。
離れて暮らし始めてからも、別段それまでと変わらず淡々と過ぎる毎日。
一日なんとなく寝る前にメールしたりして・・・・・。
そのうち、なんとなく相談したわけでもないけど、お互い一日に三回同じ時間にメールを開くようになり・・・・・。
いつの間にか、自然にメールではなく、一日三回のチャットになりました。
内容は、今日食べたものとか、研究室であったこととか、休みの日になにしてたとか・・・・。
他愛のない話ばかり。
いつの間にか、パソコン自体がその人というか、もう一人の新しい存在のようになり、機械が命を持つようになりました。
一年くらいたって・・・・・・
帰国してきたとき、不思議なくらい、離れていた感じはなく、まるで、ちょっとそこまで買い物にでもいって帰ってきたかのような感じ。
一度も寂しいと思ったことはありませんでした。
今思えば、それはどんなに物凄いことだったのかと気づかされました。
お土産は、真っ赤な大きなのと小さなすりガラスのキャンドルたて。
何も変わらずいつものように珈琲を飲んで、他愛のないお喋り。
面白かったのは、一日三回、いつものようにパソコンから話しかけてきてくれる人がいなくなってしまって、本人が目の前にいるのに、私がなんだか寂しくなってしまったこと(笑)
そんなに寂しいならまたパソコンで喋ろう(笑)
帰ってきたのに全然嬉しそうじゃないんだもん(笑)
ジャズの好きなその人は、私と一緒のときは、いつもまるで喫茶店のマスターのように私の好きなクラシックを私の様子をみながらかけてくれました。
『今日は、こんな感じかな?こんな気分?ちょっと違うか(笑)』
『嫌いな音楽を無理やり聴かされるほど、嫌なものはないからね』
『つらさがわかるから(笑)』
音の大好きなその人はそういって、いつも私のいないところで、大音量でジャズをきいていたり、イヤホンできいていたりしました。
そんな優しさが、あります。
でも、ランランのピアノやグールドのピアノは子供がふざけあうように一緒に聞いて楽しんだり、いい演奏を聴いたときは、ジャンルも関係なく、二人で無条件に共感できた。
音を共有して共感できるというのは、あたりまえのようですが本当に幸せなことです。
一緒に共感したいのに、どうしても出来ない人も、悲しいけど中にはいる。
私は、共感できる喜びも、出来ないつらさ悲しさも、両方知っています。
研究もそうですが、生体現象は実に複雑で、色々な側面からアプローチしないと、見誤ってしまいます。
焦って結論を出すと、見方が偏っていて、事実と違う報告に論拠してしまうこともあります。
例えば、無神経にチャイコの第四番四楽章を、朝聴く音楽に勧められたりしたら・・・・・・・、
あまりにも悲しくて涙がとまらなくなってしまうでしょう。