クリスマスは家族と過ごす日 | ぽよぽよ、その℃-uteな生き様 〜そして男達は東へ向かった〜 第2部・前編
クリスマスは本来恋人とデートする日ではなく家族と家で過ごす日というのは今や日本においても周知の事実である。
当然世間のカップル達もこの日だけは各々の実家で過ごしたことだろう。

俺も帰省して思ったのは実家って本当に何もやる気が起きない。そして気付けば時間だけが過ぎている。

実家にいると一生自分一人の力で生きるために急いで足場を固めなければならないという強い焦燥感が湧かない。

孤独に溜めて爆発させて突拍子もないことを始めるためのエネルギーを奪われる。

理由はやはり生活に対する漠然とした不安がなくなってしまうからだと思う。

俺のような低所得の賃貸一人暮らしはたとえ休日にリラックスしていても、今自分が寝ている場所が何もしなければ来月には追い出される仮の居場所だという冷たい感覚が常にあるし、それがもっと稼ぎたいもっと安心したいというモチベーションになっている。

もし自分が今も実家にいたら仕事も勉強もせず、一生底辺コミュ障引きこもり屑無職だったに違いない。

そしていつか両親が亡くなり虚無の人生を過ごしてきた高齢引きこもり無職は職歴もスキルも哲学も自立心もない社会のゴミとして放り出されるのだ。

向かう先は橋の下か刑務所か……

想像するだに恐ろしい。

もちろんどんな環境でも自制心と向上心を持って生きられる人間はこんな感覚とは無縁だろう。

しかし俺のような生活力のない子供を追い出さずにいつまでも実家に置いている世間の親というのは何よりも恐ろしい虐待をしているのかもしれない。

一人暮らしで良かった。

ましてクリスマスにデートする恋人なんていなくて本当に良かった。