恥ずかしながら生きながらえて帰って参りましたっ!!東京から。一週間滞在する予定だったが、とても無理だ。四日で早々と帰省。そりゃあ、行く前は、就活の合間に「東京写真美術館行こ!」とか、「市ヶ谷のパク森行ってみよ!!」とか、「いやいや、やっぱり寄生虫博物館だろ!?」とか、「おいおい、秋葉原を忘れてるんじゃないか?」とか、「ここは大人にゴールデン街で決めるなんてどうだ?」とか・・とか・とか私の頭の中で会議が着々と進められていたが、すべて却下!二日目にして、却下!!そのため、滞在したのは、主に中野と成増。時々、渋谷。まあ、たいしたところは行ってないが、今回は3年振りに上京した話。

 

まず、26日の終電で京都から東京に向かう。お金はないが、時間もないのでのぞみで行くことに。乗車10分もせずに履歴書に使うハンコを忘れたことに気づき、いきなりやる気を削がれる。電車の中で履歴書を書こうとしたのが、そもそもの間違いだ。しかし、そんなことにいまさら気づいてもしょうがないので、東京の友人にメールでハンコ屋の場所を尋ねつつ、SPIの本でも読んで時間を潰す。名古屋に着くと、多くの荷物を持った一人の老婆が乗り込んできた。足を引っ込める間も無く、無理やり横の席に入ってくる。ハンコを忘れたことに加えて、その日寝てないせいもあり、軽くムカつく。老婆が席に着くと、すぐに私に

 

婆:「ありゃ~もしかして、ここは喫煙席ですかねぇ?」

私:「(タバコ吸ってるヤツいるんだけどな)そうですねぇ」

婆:「(周りを伺って)あっ、禁煙かぁ~」

私:「(はぁ!?)・・・・そうですねぇ」

 

久しぶりに驚くほど噛み合わない会話をした。なんなんだ。どっから禁煙が出てきたんだ。聞き違えにもほどがあるぞなどと思ったが、猛烈にダルいので流した。


しかし、結局喫煙席ということに気づいたようで、陰鬱そうな顔をしながらおもむろに荷物を広げ、チョコをほうばりだす。なんなんだ。喫煙いやなら移れよ、てかおまいも結構邪魔臭いぞなどと思ったが、猛烈にダルイので3号車と4号車の間の連結部分でタバコを吸った。


戻ってくると、今度は老婆の独り言にも近い「ありゃー」とか「あれま」といった奇声が一々気になり、イライラする。なんなんだ。寂しいのかもしれんが時間を考えろ、終電なんて疲れている人ばっかりなんだぞなどと思ったが、猛烈にダルいので寝たふりを決め込むことに。


奇声も発しなくなり、ようやく諦めたと思ったら今度はおもむろに荷物をまとめ始める。あぁ降りるのかと思ったら席を探し始めたようだ。また、同じ席に戻ってきたため、席がなかったのだろうと、気を利かして足を引っ込めると来た道を戻り始めた。なんなんだ。結局、さっきまで私がタバコを吸っていた連結部分に立っている。なんなんだ。終いには、そこにタバコを吸いに来る人に「向こうで吸っていただけませんか」と頼んでいる。聞き方は丁寧だが、かなり勝手な言い分だ。なんのために禁煙車両と喫煙車両があると思っているんだ。やっぱり、老人のウザいのは困りもんだ。被害者意識が猛烈に強いか自信過剰かの二択で、どちらもかなり自分勝手。さらに、社会的に弱者だから扱いにくくてしょうがない。怒るに怒れない。もう少し周りを見れないもんなのか。

 

♪東京の街に出て来ました~あい変わらずわけの~

  解らない事言ってます~恥ずかしいことないように見えますか~ 

                                                                               東京/くるり

今友人のブログを拝見してきた・・・サラッとおれの実名晒していやがる、信じられん!!これを機に全国の私の敵という敵が私のブログを荒らしまわったらナントシテクレル!!さらに、私が誘拐とかされて、全国紙の新聞とか載っちゃたりしてヤホーのニュースヘッドラインに「滋賀の大学生誘拐、発端はまたもやインターネットか!?」なんて見出しが掲載された日には、もはや私だけの問題ではない。インターネットの規制だけに止まらず、パソコン自体も免許化とかされて、世の男子中高生がエロ動画を見れなくなり、性犯罪が急増したらなんとするんだっ!!!

・・・まあ、とゆーわけで今回は私の青春時代にプレイバック。恋愛編で。


私が初めて付き合ったのは中学1年の終わりの頃だ。そう、グレイのグロリアスが流行った頃だ。

名前はSさん。あだ名はジョイナー。そう、彼女は陸上部であった。

その頃の私よりも足が速く、私よりも幅跳びを跳んだ。そう、彼女は800mと幅跳びが専門だった。

そして、私よりも彼女はカネを持っていた。私の小遣い二千円、彼女の小遣い二万円。そう、彼女の家は金持ちだった。


う~ん、甘酸っぱい。青春だ。ただ、何が好きで付き合ったのか、どうして付き合ったのか全く覚えていない。告白したことも定かではない。仲良くなって、そのまま周りに促されるまま付き合った気がするな。うぅん、謎だ。彼女にしてもそのような感じがしなくもない。だいたい、その頃の私が平均より上回るものなんて勉強ぐらいなもんだった。中学生の価値観なんてスポーツと不良の二つじゃないのか!?まあ、現在では勉強すらおぼつかない状態だが。でも、多分何かしらあったんだろうな。うん。中学生なんてアホばっかだし♪ちなみに、その頃私の中学では昼の放送時、ほとんどBUCK-TICKが流れていた。それというのも、上級生に不良が多かったから。全く興味がないのに強制的に聞かされるのが苦痛で今でも覚えている。全くいらない記憶だ。そして、初めて付き合った時はホント楽しかった。なんと言っても初めてだから。えっ?付き合うって何すんの?どうすんの?という状態。好き半分、興味半分といった感じだ。一緒に遊ぶ前に服買いに行ったりとか、何するか考えたりとか、今では面倒極まりないことが楽しくてしょうがなかったように思う。まず、駅で待ち合わせして、ココにご飯食べに行って、この映画見て、云々みたいな。現在では、デートのために服買うことなんてないし、何するか考えるなんてもってのほかだ。これは、年齢とともに行動範囲がどんどん広がって、周りに好奇心をそそらるものがどんどんなくなっていったからだろう、なんかもう知ってるし!みたいな。多分、新鮮さが無くなり何するにも予想ができてしまうと、ダメなんだろうなぁ。


そして、このときの私は何よりプラトニックだった!!これは断言できる。授業中とか手紙もらっただけで喜んでたし、ヒット曲を録音したカセットテープもらっただけで嬉しかったし、広末涼子の切り抜きもらっただけでウハウハだったし、何より八ヶ月ぐらい付き合ってキスの一つもしていない!!すごいなぁ~やるなぁ~昔の私。今では考えられん。いや、でも根本的には今も変わってない。なんか好きな女とかセックスすると罪悪感が生まれる。セックスは好きなんだけどね。うん。基本ラインとして、「好きだからセックス」というのは私は持ち合わせていないのだ。なにがプラトニックセックスだ、バカヤロー!なのだ。だいたい、好きな相手だったら、気使って逝けないもの。好きじゃない相手のほうが自由奔放だ。まあ多分、私の場合、自慰に近い部分があるのだろう。そんな理由で全く手を出していない。それが悪かったのか、それとも彼女が恋に恋してたのか、これまた自然消滅的に終わってしまう。自然発生、自然消滅。ありがちだ。


ちなみに、その頃初めて女の子に誕生日プレゼントをもらった。確か、手帳ケース。その手帳ケースに生徒手帳とともに広末涼子のシールも挟んで、クラスの腐女子どもに随分キモがられたものである、はははっ。その後、しっかりプロレスも通ったし、エヴァンゲリオンも通った。絵の上手い女の子に初号機書いてもらっては浮かれていた。そういえば、この前、自分の引き出しを開けたら、まだその紙切れが残っててビックリ!待てよ、そう考えると、広末涼子が私をヲタ道へと誘ったのか?広末涼子が私のヲタ始めだったのか?そっ、そうだったのかー!!クレアラシルのCMとか出て純情そうな感じは全て演出だったのだ。純情というキーワードこそ、アングラなのだ。純情こそ、魔なのだ。つまり、私の原点は広末涼子だったのか。そうか~、気づかなんだ。ちょうど、自分の方向性が定まらず困っていたところである。新しく何かに取り組む前に原点に、かえることにしよう。そうだ、まずは広末涼子からリョウコタソに改名しよう。

私は「変わらないもの」、「絶対的なもの」というモノ(若しくはそう感じたモノ)に物凄く惹かれる。私は基本的に流行とかに全く惹かれないのだ、残念ながら。簡単に言えば、代替不可能なモノこそ素晴らしいとか勝手に思っているのである。そのため、今はITだ~とか、今この服がアツい~みたいなものでは、全くエレクトしない。別に、それ自体が悪いわけではないのだが、情報操作というか全体意識というかそういうものによって振り回されている感じが物凄く嫌なのだ。アレがイイぞ!ダッーみたいな感じが。そんなものはバーゲン時のオバハンだけで充分だなんて思っているのである。だから、新しいモノに穿った見方をして、面白いモノや情報を掬い取れないこともしばしば。京極夏彦の作品もその一つだ。それ自体は、普通におもしろかったりするのになぁ・・・おっと、話が逸れてしまった。今回は、私が代替不可能と感じたモノの一つである「ゴッドファーザー」を紹介してみようと思う。私は高校のとき、三部作を一日で全て見て、かなりの衝撃を受けた。ちなみに、ダメージもかなり負った。9時間ぐらいあるんだもの・・・まあ、でもご安心を。ダメージと衝撃がイコールにはなってないので。良いものは色あせないということを感じさせてくれる作品です。


ここでは、三部作のなかでも、特に一部を強烈プッシュ!!しかし、今さらここでキャストがすごいとか、テーマが家族愛でなんだかんだと書き連ねたところで、私の知識量とボキャブラリーではたかが知れている。そのため、今回はこれだけ。

                 

                 「マーロン・ブランドがカッコイイから見てくれ!!」


もうね、ホントかっこいいから。まあ、全てにおいて私の中ではパーフェクトに近いんですが、マーロン・ブランド目当てで見てもきっと満足していただけるんではないかとっ!こう思っています、そう信じています。言葉一つ、仕種一つ、服装一つ、何一つとってもカッコイイ。20代や30代の男には絶対出せないような懐の深さであったり、渋さが彼にはあります。枯れたカッコよさというか。簡単に言えば、余裕ですね、YO・YU・U。

私はこれ以来、私の中でオッサンが一番カッコイイ存在となり、口癖が「ああ、カッコイイおっさんになりたいわ~」になり、最近ではレオンを立ち読みするようになりました。誰かカッコイイおっさんになる方法を教えて下さい。マーロン・ブランドかっこえぇ~わ~・・・・・キュン


タイトル: ゴッドファーザー

*彼氏とか好きな人がいる女性は見ない方がいいです。また、できれば彼女がいる男性は、見せないように気をつけてください。別れる可能性が高まります。


まあ、マーロン・ブランド、俳優としては最高なんですが、私生活はちょっとなぁという感じなんですけどね。

→(日刊スポーツ/2004/7月)米俳優マーロン・ブランドさん(享年80)の遺族が、2億2000万ドル(約242億円)を超える遺産をめぐり、激しい争奪戦を始めた。米紙の報道によると、ばく大な借金を抱えていたとされるブランドさんだが、ロサンゼルスやタヒチに不動産を所有。認知されていない者も含め15人の子供を中心に奪い合いが始まったという。ロサンゼルスの病院での急死から数日しか経過していないが、78年当時で1本1400万ドル(約15億4000万円)と世界で最も出演料の高い俳優といわれただけに、やはり「骨肉の争い」が始まった。4日付ニューヨーク・デイリー・ニューズ紙は、ブランドさんのある友人が「子供らが財産や記念品をめぐり争っている。彼の家には警備が配置された」と明かした。ブランドさんは3度離婚し子供7人をもうけたが、ほかにも元家政婦との間に3人など、複数の女性との間に法的に認知していない子供もいて、現在「子供」だけで約15人とされる。

いやーお蔭様でインタネット復活!!何のお陰かわからないけど、まあいい。やっぱり、自宅のインタネットは良かねっ♪なんと言っても時間に追われない。以前、漫画喫茶で記事書いた時は、もう時間とお金に追われて、てんやわんや。今回は、そのときの私の痴態について時系列にまとめてみた。

 

5時00分:ヲタ友がパソコンで就活結果を確認。見事、撃沈したのだが、なぜか私に向かって満面の笑み。  

      受け入れられないのだろうか?若干の恐怖を感じる。

 

5時30分:その後、「巣に帰る。」と言い残し、ヲタ帰還。SPIの教科書と東京土産・資生堂パーラーの菓子を 

      袋もなしにそのまま渡される。

 

6時00分:ブログに行き詰る。しかし、ウンウンと唸りながら頭を掻き毟ると、なぜか文豪気分に。ふはっ、こり

      ゃいいとばかりに頭を掻きながら書くことにする。昔の文豪なら、さらに鉛筆折ったり、紙をグシャ

      グシャと丸めポイとかするのだろうが、パソコンだから鉛筆も紙もない。現在あるものとしたら、タ

      バコとライターぐらいだ。とりあえず、タバコを鉛筆のように持ってみる。何しているのかわからなく

      なった。次におもむろにタバコに火をつけ、空箱をグシャグシャと丸めポイッとしてみる。・・・ダメ

      だ、どうしようもないぐらい普通だ。いつもの私そのものだ。インテリジェンスのカケラもない。じゃ

      あ、タバコを耳の上に・・・いや、やめておこう。多分、悲しくなる。→この後、数十分「文豪とは?」

      について考える。

 

6時30分:ふっと財布を覗くと、1200円しか入ってないことに気づく。入店からの利用時間を計算するとすで  

      に3時間半経過。ちなみに、そこの料金は、3時間1000円程度。静かな店内で「ヤバイ!ヤバ

      イ!」っと軽い独り言を発しながら、一人オロオロ。ブログも終わらず、オロオロ。お金とブログとい

      うジレンマに頭を侵される。とりあえず、平常心を取り戻すためにごくせん11巻を舐めるように読

      む。

 

7時00分:ブログを書き終える。ちなみにもう早朝のテンションではない。くしゃみと同時にパソコンに大量の

      コーラをぶっかけ、キーボードやその周辺がヴェトヴェトに。備え付けのティッシュを用いて拭取ろ

      うとするが、足りない。しょうがないので、手や足でコーラを薄く延ばし、事なきを得ようとする。そ

      んなことより、カネである。カネがなければ店を出れない。しかし、出なければ料金がかさむ。これ

      またお金と時間というジレンマに頭を侵される。

 

その後、奇跡的に財布の中から30分無料の延長券を発見!これで帰れる目途がたった。しかし、この券使えるのであろうか?という疑念がよぎる。もし会計時に使えなかったら、どうする?どう言い訳する?と一人悶々とする。しかし、時間は待ってくれないため、直接、店員に聞いてみることに。店員にムネの高鳴りを悟らせまいと「コレ使える?」と、エリートサラリーマンがカードで支払うかのように、できるだけ余裕を装い聞いてみる。つまり、「別にお金はあるしー払えるけどーたまたまこの券が財布から出てきたから聞いてみただけよっ?」という態度である。すると、店員から「大丈夫ですよ」という恵みの声。コレを機に疾風のごとく行動開始。私はSPIの本と資生堂パーラーの菓子をそのまま手に持ち、レジへ駆け、店員に不審がられる前に、「コーラ溢しました」とだけ告げ、店を出た。そして、思った。やっぱり、漫画喫茶では漫画読むもんだなと。

 

今日読んだ漫画:

著者: 森本 梢子
タイトル: ごくせん 11 (11)

む~ん、お家のインターネットが繋がらなくなっちまった。お金払ったのに、全く繋げてくれないのはどうしてだ?おしおきか!?・・・なら歓迎だ。いやいや、こりゃ、ヤバイ。ただでさえ、あまり更新しないのに。そのため、今回はいつものじめじめしたスタジオから一歩外に出て、漫画喫茶のパソコンから書き込み中です。はい。度々、ブログチェックして頂いていた方々申し訳ないです。復旧したら、もっと更新します。とりあえず、サクッと最近のハートブレイクを一つ。


インターネットが止まってからというもの最近どうもうまくいかない。就活では21日東京、25日大阪、27日東京という強行日程が半ば強引に決定されてしまうし。だいたい、昨日からうちに母親が泊まっている。ワンルームに母子二人きり。以前の記事を読んでいただいた方なら、なんとなく予想がつくだろう。私としては、これは、かなりツライ状況である。まあだから、漫画喫茶にいるんですけどね。うん。だいたい、ついこの間までは、「焦らなくていいから」などと就活慰めモード全開だったのに対し、今回の来訪では打って変わって悪鬼のようだ。郵政受けろ、公務員受けろと何度断ろうとも理不尽な要求を突きつけてくる。私が「そのような勉強をした覚えはございません!!というか、公務員試験来月ですよ?ムチャは言いっこないですぜ、旦那。」とすかさず返答しても、みのもんたばりのタメを用いて「・・・わからないよ?だって人間性を見るんだもの。」と、露ほどにも解さない。そう、彼女の夢は、息子の公僕姿なのだ。その前では、私の言葉など全く届かないのである。そりゃ、もう光ケーブルを用いても届かない。速達なんて以ての外だ。


そして、人間性を見るからとフォローした後には、おまいはだらしないだなんだかんだと早速、人間性の否定が始まる。(おいおい、それならどちらにしても望みないではないですか。あなたの息子は、やはり公僕には不適格ですよ。)などと私が思っていても、彼女の口撃は、それを無視するかのようにさらに激しさを増していく。これはかなり過酷だ。修行だ。ワンルームだから逃げ場がないし、第一、どれも正しいっ!否定する部分がさして見当たらないため、グッと地蔵のように耐えるしかない。しかし、あることをきっかけに私は「もうバカッ、なんにもわかってないんだから!」っとばかりに家から逃げ出してきてしまった。それは、夕食後の出来事。私が食器を洗っていると、私が重宝している湯飲みに何か赤いものが付着している。よく見てみると、それは彼女の唇をかたどった真っ赤な口紅の跡。

・・・

なにか物凄く汚れてしまった気がした。そして、それを落とそうと一生懸命洗いながら思った。なぜ、飲む前に落としてくれなかったんだと。いや、別段に親に対してかなり嫌悪感を抱いているわけではない。たださっ・・・なんかさっ・・・自分の親の口紅が自分の湯のみに付いてるって・・・親じゃなかったら、あれですよ。完全にアウトですよ?いや、親だからこそアウトなのか?さらに、その母親の口紅を落としてるわけです、私が。

・・・

ヒィーー!!なにか、物凄い落とし穴に嵌ってしまった気がする。んだ、こりゃ。これこそ、オカルトじゃねーがっ!日常に潜む隠れた禁忌だ。タブーだ。まちがいない。なに、サラッとおれに鬱を配達してくれてんだよ!?只でさえ内向的なのにっ!


こうして、私は家を飛び出した。もうプチ家出だ。その後、この気分を少しでも晴らそうと、ヲタ友とカラオケを断行。一通り歌ってもあまり気分は晴れない。久しぶりのカラオケなのに。次第に、歌うことも面倒な感じになってくると、PV狙いの選曲に。アジカンのマメ山田で私はすでにウハウハだったのだが、其れを凌駕するPVに遭遇。その名もミカ・ナカシマ。なかでもレジェンド!!ヤッベー!たまんねぇー!カメラ目線に勝手にメロメロに。と思ったら、横のヲタも興奮気味。二人ともウホッと画面に釘付けになるさまはさすがだ。さらに、色々とPVを見ているのに、このヲタ友はなぜかレジェンドになると決まって歌いだす。多分、投影しているのだろう。儚い夢だ。しかし、こちらもなにがタブーだ!なにが禁忌だ!べらんめぇとばかりに脳内妄想全開。いつの間にか、気持ちは元通りに。今日は、中島美嘉に心を癒された一日でした。いや、ヲタは偉大だ。


今日は、久しぶりのカラオケ日和だ!!いや、別に、ただ私が行きたいだけなんですけどね。うん。まあ今回はフランスの話。といっても、エッフェル塔がナンだ、芸術がナンだというつもりは毛頭ない。あくまで、エロ。なかでもエロ文庫の王道、フランス書院。これを、読んだらすぐに私のお気に入りに登録されているリンクからエロスの世界に旅立っていただきたい。

 


私は一昔前から、やたらエロ文庫というモノに惹かれていた。それ以前は、「エロ文庫?そんなのエロ雑誌とかAV借りれないやつ(=度胸ないやつ)が買うもんじゃねぇの!?ふふん♪」となっていたが・・・あれ?エロ文庫ってもしかしてすごいんじゃねーの?ってなってきているのである。それは、私のエロス又はフェチというものを自己分析すると、そのキーワードが「隠」だからである。例えば、AV女優が脱ごうが、全裸の女が横にいようが全く興奮しな・・・いや、するな。でも、そんなでもないのである。簡単に言えば、一回見れば飽きるのだ。もう二回目には、「で、それがないにか?」状態。つまり、多かれ少なかれ男に妄想、さらに言えば期待させる部分がないとダメだ。うん。そう考えると、エロ文庫はすごい。確かに自分の脳みその中でシチュエーションを構想する力は必要だが、情報が活字だけだから妄想しほうだいではないか!?相手は、入れ代わり立ち代わりだ。ブハッ、こりゃすごいことである。他にも、エロ文庫の利点を考えるとキリがない。独特の言い回しによって頭も良くなるのでは?とか、飛行機で爽やかボーイがエロ文庫読んでたらオサレでは?とか思っている。さらには、妄想つまりイマジネーションを養うことから、サッカーでゆうファンタジスタの養成にはうってつけ、ナカタもエロ文庫読んでジダンみたいになれよ!!とか、性についての初等教育はエロ文庫にしかるべきだっと日々思っているのである。


 

・・・まあ私はまだ手を出していないんですけどね、テヘッ。どの本がイイかなぁっと思うと迷ってしまうのである。多分、中学生がAVどれ借りていいかわからない状態なのである。しかし、フランス書院の有名人インタビューでその思いはさらに確立された。特に共感を持ったのは、リリー・フランキー。皆さんも自分の性癖を有名人と照らし合わせながら、「おれアイツだ」とか「わたしはあの子ね」とか考えてみればいいじゃない!!まあま、軽い気持ちで。そして、その感想を別段意味はないけれどもコメントとして下さい。


 

あと、誰かトラックバックの意味を教えて下さい。いまだに使い方、利点がわからない・・・

あぁ、ここんとこずっと口の横が裂けている。瘡蓋になるのだが、飯を食らう時に「ビリッ」と。真夜中に好きな音楽をかけ、調子に乗って歌いだす時にまた「ビリッ」と。何気なく瘡蓋を弄っている時とか、欠伸をした時にまたまた「ビリッ」と。・・・なおんねぇーYO!!このままじゃ口裂けオトコ襲名して、カラスマスク着用が義務化されてしまうじゃないか。うぅ~いたい。こいつのせいでテンションも上がらん。最近は飯を食らうことにも億劫になってきた。私の意志とは関係なく、ダイエットが始まっているような気がする。健全な若い男子の主食がヨーグルトともずく・・・

いけないねぇ~(バカボンド:又八)ほぼ流動食だ。いや、字だけで判断すれば、完全に流動食だ。

 

まあこんな状態で久しぶりに面接に赴いた。毎日呆けているだけでは何も始まらない!っと、私にしては結構まともな考えだ。余裕を持って梅田スカイビルに出発。したつもりだったが、履歴書と参加表を忘れたことに最寄の駅で気づき、結局ギリギリに。快適な電車ライフを送るための本やCDの用意は万全、しかし肝心なものを忘れる、それが無気力クオリティ。

 

ただ、今回は初めて就活で走った。大阪駅から10分とかウソつくんじゃねぇよ、バカヤロー!と思いながら、懸命に走った。確かに、大阪駅から見た目10分ぐらいのところにあるが、肝心の道が見当たらず、思いっきり遠回りしてしまったのだ。こんなに走ったのは、久しぶりだ。軽い呼吸困難を引き起こし、日々の生活を反省しながら、会場に到着。

 

まず、シャッチョさんの高説をうんうんっと尤もらしく静聴し第一部が終わる。なにか物凄く抽象的な話で、全く会社の中身はわからなかったが、教師のようで人に聞かせるのが上手だなぁっと、なぜか自分の立ち位置の方が上のことに違和感を抱きつつ第二部へ。第二部はグループ面接。質問は一つだけだった。あなたが笑った話はなんですか?というものだ。笑った話ということで、環状線で毎年行われているハロウィンパーティーにでた話をしてみた。毎年10月の最後の土曜日(?)に外人がおもむろに大阪駅に集まりだし、ハロウィンと称して仮装をして酒を飲み、バカ騒ぎをしながら環状線の電車を乗り回しているのである。そこに、私がマーティー(バック・トゥ・ザ・フューチャー)の格好をして参加したのである。しかし、結局

 

私:「Do you understand what I am disguising ?」

外:「はっ?わからへん。自分何の格好してるん?べらんめぇ~」

私:「えっ?マーティーだよ、マーティー!!」

外:「あぁ、デロリアンは?スケボーは?それだけじゃわからなへんわ、ボ~イ」

私:「グスンッ」

 

っと、私がわざわざ拙い英語で聞いているのに、向こうは流暢な日本語、いや関西弁で聞き返し、無理難題を私にのたまった。っという話をユーモアたっぷりに喋った。そして、他の方々もそれぞれ得意げに喋って

いた。しかし、一人だけ異様に面白くない話をする女が。彼女曰く、

「バイトの人と七輪持って花見行ったんですけどぉ、桜がもう咲いてなくてぇ、スッゴク面白かったですぅ」

ヤベー!全然おもしろくねぇよ!!ってか七輪どうなったんだよ!?なんて考えていると、やっぱり面接官も興味なさげ。ついには、私に

「じゃあ、○○さん質問して下さい」

七輪と花見・・・終了。結局、私は質問したものの上手く乗り切れなかった。七輪のことを普通にきいときゃ良かったのか。そして、帰る途中、スーツの団体の流れについていくと、大阪駅からスカイビルの間に地下道があった・・・あはははは。すぐ大阪駅に到着。そして、滋賀で買った昼特切符を改札に通すと、ガッシャーン!!閉まった。切符を見ると10時から17時までと書かれている。時計を見上げると、17時15分・・・

こうして私はまた一歩、就活から遠ざかるのであった。

 

*ちなみにこれを読んでハロウィンに参加したいと思った方は、臭いは気をつけてください。やつ等はホントに臭い。動物の臭いがする。

著者: 小池 桂一
タイトル: ウルトラヘヴン (1)

ペーパードラッグの名にふさわしい名作。


著者の小池桂一氏は史上最年少で手塚賞を受賞した人なのだが、この作品を出すまで10年を要し、すでに伝説的な作家・・・らしい。


舞台は近未来(?)。ストレスが蔓延する近未来社会の中で、様々なドラッグが合法化され、ポンプバーなる場所で人々がそれぞれ自分好みのドラッグを楽しみ、癒されている。まあ簡単に言えば、ドラッグがアルコールのような感じて書かれている。ストーリーも十分面白いのだが、特筆すべきはその画力!!その画力によって、彼の世界観や宇宙観を十分に表現し、読んでるだけでジャンキーになってしまいそうです。特にトリップシーンはホントすごい・・・


ちなみに私は、この本と大学一回生の時に偶然出会い、即買い。その後、全く続巻が出なく、半ばあきらめていたのだが・・・


今アマゾンで検索したら、二巻が発売してたっ!!やはく、買いに行かねばっ!!

以前から、うちは私が末っ子ということもあって過保護+心配性なわけだが・・・最近少し酷い。友人のブログのタイトルの中に、カニバリズムという言葉が入っているのだが、たまたま実家でそれを読んでいたところを親に目撃されて以来、電話の最後に「あんた、変なの読むんじゃないよ!」と言われる。この場合、友人のブログのことでもなければ、アダルトサイトのことでもない。だいたい、アダルトサイトは変ではない、あれはエロだ。要するに、変なのとはカニバリズム、人食いのことを指している。ちなみに、友人のブログは、確かに変に分類することも可能だが、人食い記事など一つもない。あっても、歴代のカニバリズム殺人者の名前が例として出てくるぐらいなもんだ。そう、完全に勘違いされているのである。

 

「あんた、カニバリズムって意味知ってるの!?」っとヒステリックに聞かれた時点で、「えっ、それはなんですか?お母様。はっはっはっ、ジャリズムの山下が罰ゲームでカニと無理やりコラボレーションさせられたようですね。」とでも言っとけば良かったのだろうが、思わず私の天邪鬼な部分が出てしまった。そんなコトの意味は当に知っているし、知らないと思われることが癪だったので、知っているけど何か?という態度をしてしまったのだ。これがいけなかった。

 

最初は笑って聞いていたが、こう毎回言われるとうんざりだ。私はその都度、そんなことするはずないだろっと言っているのだが、全く聞いていただけない。最近では、私が怒髪天に達する前に「そっ、そんなモノ読んでたら、女の子に好かれないんじゃないのかしら?」っと気を使っているのか、いないのか。いや、確実にダブルパンチだ。そこの関連性はわからないのもの、結果的にはそんなモノ読んでたし、好かれている女の子はいない。なんも言えん。その一言で、こちらがたじろいでいることがわかると、「そんなもの読んでたらモテないわよねぇ、そうよねぇ」っと、もはやカニバリズムの話はどうでもいい。私への追い込みのみだ。そして、そんな時の私の唯一の対抗手段は電話を切る以外持ち合わせていない。完全に話題のすり替えではあるのだが、「女に好かれていないのとカニバリズムは関係ないだろ!!」と怒ったところで、残るものは敗北感だけである。絶対に言ってはいけない言葉だと本能的に感じる。っぶねー!!

 

そして、考えた。まあ親の立場というのもあるが、なぜこうも過剰反応するのか、なぜこうもタブー化するのか。カニバリズムだけの話に限らず、ペドフィリアにしろ知っていることと、自分の嗜好は違うのに。犯罪を知っていることと、犯罪を行うことは違うのにと。だいたい、私のような者は、そのようにタブー化されたり、隠されたりすると余計に知りたくなってしまうだけなのにと。答えは、すぐに出た。完全に私の信用問題だ・・・

はっはっはっ

まあ、確かに私はRCサクセションの「雨上がりの夜空に」を初めて聞いたとき、絶対にセックルのことだと勘違いするほどの思考の持ち主ではあるんがですがね。

 

♪こんな夜に、お前に乗れないなんて~
  こんな夜に、発車出来ないなんて~
                                            雨上がりの夜空に/RCサクセション

私は、正確にはメメント・モリを美術館で見たのだが、これを見るまでやたら死ぬことが怖くなっていた。それは、大学入学とともに死というものが急激に身近な存在に感じられたからだ。それまで、私は親戚とか同級生とか、自分の身近な人が死んだことがなかったのである。


しかし、大学1回生の頃、中学校の時遊んだ経験がある人が亡くなった。この時は、葬式にも出席していないからそんな実感もなかった。もうそうゆう時期なのかなぁぐらいだ。


そして、2回生の頃、高校の同級生が脳腫瘍で入院した。そんな仲良くもなかったが、もう危ないぞという話を聞いてしまったため、病院にお見舞いに行くことに。そこで、初めて猛烈な死の臭いのようなものを感じた。ソイツの両親に感謝されたことに後ろめたさを感じつつ、病室に入る。何年振りかに見る顔だ。ただ、抗癌剤と手術の影響で顔は浮腫んでいたし、丸坊主の頭に残る傷跡が痛々しい。何を喋っていいのか、何を聞いていいのか全くわからない。ひたすら自分の話をベラベラとしていたように思う。多分、聞いてはいけないことも聞いただろう。そして、面会時間になると逃げるように帰った。その後、一回行っただけだと冷かしと思われると思い、手紙とお守りを送った。すべて、自分のためだ。単なる偽善者に過ぎない。そして、やはり返信はなかった。見透かされたようで、さらに罪悪感がつのった。


三回生の頃には、叔母が亡くなった。パーキンソン病だ。葬式に出席できなかったので、後日一人で行った。残された叔父と話すことで、叔母のことが思い出された。毎年お年玉くれたなぁとか、大浜プール行く時にはいつもその家に車を止めて行って、帰ってきたらカルピスとかお菓子をよくくれたなぁとか。そして、やたら叔父が寂しそうに見えた。まあ、奥さんが亡くなったのだから当たり前なのだが。その後、人なんてあっけねぇなとか思いながら、一人でカメラを持って大浜の海岸線を歩き写真を撮った。


その数ヶ月後、飼っている犬が死んだ。私が小学一年生の時から飼っているシベリアンハスキーだ。前から危ないから早く帰って来いと親から言われてたのだが、テスト明けで疲れて予定より一日遅れた。そして、帰省するその日の朝に死んだ。まだはっきりと覚えている。7月29日の7時頃だ。朝起きて、帰る準備をしていたら、親父から電話で聞かされた。現実感がなかったが、少し泣いた。静岡に着くと、親父の車で家に向かった。車の中には、親父が作ったダンボールの箱が乗せてあった。それは手製の棺だった。家に着くと、クレゾールの臭いが一面にする。以前嗅いだことのある死の臭いだ。犬小屋に向かうと、すでに死後硬直が始まっているシベリアンハスキーが横たわっていた。ふと、顔の辺りに目をやると蛆がモゾモゾと動いている。どこから来たんだと全身を眺めると、尻尾のところから皮膚を食い破って出てきていた。さらに、屍体を動かすと蛆がパラパラと落ちた。見た時点ですでに泣きそうだったのだが、そこで猛烈に泣いてしまった。あんなに泣いたのは小学生以来だ。犬のクセに生意気だ。親に死因を聞くと、熱中症に加えて化膿した足に蛆が湧き、生きているうちに内臓をやられたと言った。老衰なら仕方がないと思うが、ここまで生きて最後がそれというのがやりきれない。だいたい、冬なら助かった。犬小屋の脇においてあるアクエリアスと回っている扇風機が、悲しさに拍車をかけた。その後、最後に写真を撮ってやろうと思ったがフィルムがないので親父に連れられてカメラのキタムラに行くことに。途中、一番犬を可愛がっていた親父が泣いてないので、「案外、おれ悲しいわ」みたいなことを言ったら、「お前が何をしたんだ」的なことを言われた。尤もだ。私は、泣いていい程何かをしたのか?たまに餌やって、たまに散歩してと、たまにかまっていただけだ。だいたい、一番世話をしていた親父が泣いてないのに、その前で私が泣くなんてずうずうしいにも程がある。なんてことをいっちょ前に考えたりした。その気持ちを忘れまいと、親父が切った犬毛を少し分けてもらい、自分のお守りに入れた。そして、その時撮った写真を大学の写真展に出した。コレぐらいしかすることねーなと


友人のブログで人間は無償の愛にうといなんてことが書いてあったが、私はその典型だ。なくならないと、わからない。なくならないと、大切さが把握できない。ちなみにその頃、初めて禁煙した。友人にどうしたん?っと聞かれて死にたくないからとか普通に答えてた。それまでは60ぐらいまで生きれればイイやなんて思っていたが、実際考えてみると今死ねないやつが60で死んでもイイなんて考えるか?どーせ60になったら、あと10年とか考え出すに決まってる!とその時思ったのだ。だいたい、うちの親父がもう60じゃねーかと。