時間に追われる現代人(祈る時間を持ちましょう) | グッドムーンのブログ

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『世界平和の祈り』

 

何か人類のために役に立っていきたい、人類のために自分を捧げたいという心はどんな人間にも潜んでいるのです。

たとえどんな殺人者、どんな悪魔のような心を持つ人でも心の奥にはそういう人類愛的な心を持って生まれてきているのです。

みんな神の子として生まれてきているわけですから、本来みんな素晴らしく輝いて、自分自身を磨き神の姿に近づけて生きていくことはできるのです。

けれどもそのようにできる人とできない人との差があまりにも激し過ぎる。

できる人がほんの少数であとは殆どできない。 

多くの人が生まれてから死ぬまで、人生の目的が何であるかを一回も考えてみたことがないという人もいます。


それが現実なのです。


昔の人達のほうがはるかに、人間は何のために生きていくのか、何のために自分は生まれてきたのかと疑問を持ち、哲学書を読み漁ったり、宗教に心を向けて自分自身の存在価値を確かめていました。

けれども現代においては哲学書をひもとく暇もないというのに、それに反比例してかつてないほど新興宗教が流行っているのです。


れも生まれてきた存在価値を解くために宗教に心を向けるのではなく、いかにして早く容易に成功を自分の手に入れられるか、いかにしたら苦しまず悩まず、うまくやっていかれるかと、この世の生き方の方便を宗教の門をくぐる人がたくさんいるのです。

現代を輝かしく生きていくためにはやはり、子供の頃から死ぬ瞬間まで何らかの祈りを捧げなければいけないのです。 何の祈りでもいいのです。

それぞれ自分の心の波長と合った祈りをすべきなのです。

私はここで絶対に五井先生が提唱された “世界人類が平和でありますように” という祈りをしなさいということは言いません。

人それぞれ何の祈りでもよいと、私は思っております。

けれども世界平和の祈りというのは、一番わかり易く一番神様と一直線に結ばれる祈りとして、この世に現われて出たものなのです。

ですから私個人としましては、“世界人類が平和でありますように” という祈りは、どんな祈りにもまして素晴らしい祈りであるという確信は持っております。

人々の雑然とした心の中に “世界人類が平和でありますように” というこの祈りの響きが入った時に、自分のことのみに把われていた小さな人間観が崩れ去ります。

この祈り言を唱えた瞬間はその把われから自分を放つ瞬間でもあるわけです。

今までは自分のことのみ、自分の欲望のみ、自分の家族のみに時間を使い、自分のエネルギーを使い果たしていた、その中に、この祈り言が刻み込まれた瞬間、自分は人類のために平和を祈っている公の自分に転換するのです。

 

『人類のために奉仕するとは』

 

人間は “世界人類が平和でありますように” と祈る以外でも、一つ一つ自分の生かされていることに感謝して生きていかなければならないのです。

人類のために奉仕することは大きなことをすることではないのです。

何億円を寄付することでもなければ、大成功を収めてそれを人類に還元することでもないのです。

日常生活の小さな小さな取るに足らない出来事を、繰り返し繰り返し感謝で受け止めていくことが人類のために役立つことなのです。

日常生活の中において、慈しみ、愛、思いやりや感謝の心を日々瞬々忘れずに、どんな些細なっことでも感謝の心で受け止めてゆくことです。

どんな人の言葉、たとえ子供の訴えであっても、それを叱るのではなく、思いやりに満ちた優しい愛の言葉で返してあげることです。

夫から罵られたその瞬間、それを愛で受け止めて優しい言葉で夫に返してあげる。

友人知人が自分に向けた嫉妬の言葉、非難の言葉を、そういう非難、差別を持って生きていかなければならない彼らの心の哀れさ、その言葉を受ける自分よりも却ってそういうふうに思わなければならない彼らの苦しみを思って、優しい言葉で返してあげる。

そして彼らのそういう暗黒的な、マイナスの心を、“世界人類が平和でありますように” という祈りで消してあげる。

彼らを愛の光りで、神の光りで包んであげる。

そうすることが人間として一番大事なことなのです。

何も有名になることが人類のために奉仕することではないのです。

偉大なことをすることが人類のために役立つことではないのです。

勿論大金持ちがお金を寄付して貧しい人々を救う、それも人類奉仕の一つですが、それは微々たるものです。

本当に人類のために役立つことは、一人一人の小さな小さな出来事から始まっていくのです。

人類の一人一人が心から感謝の心を持ってすべてを受け入れた時には、金持ちが大金をばら撒き、どんな科学をもって救うよりも、遥かにまさる人類の幸せが訪れるのです。

それは一人一人の心が神の心に変わるからです。

いくら物質的なものを与えても本当の救いにはならないのです。

一番大事なことは一人一人が自分の生き方に対し、自分の生活に対し、それを心から感謝で受け止めていくことです。

それができれば、あなたが生まれてきた今生の意義 ━ 何のために生まれてきて、何のために死んでいくか、何のための人生かがはっきりとわかるはずです。

日頃の小さな取るに足らない事柄に対して何でも感謝でき、すべてを感謝で受け止めていく。そういう愛の心を響かせていく、それが最大の生き方です。

 

『仕事の前に、祈りと感謝を!』 

 

ですからますます忙しくなっていくこの現代社会で、祈りの時間を持ち、自分自身が毎日の出来事に対して感謝で受け止めているかどうかを知ることは大事なことなのです。

これまでいかに自分は非難に対して非難の言葉を返してきたか。 憎しみの言葉に対してどれほどの大きな憎しみで返していたか。 冷たい言葉に対して更に残酷な言葉で返していたか。 

感謝するどころかその倍も憎しみ怒り、不平不満を返していたか・・・・・。

それはとんでもない間違いです。

時間に追われ、時間との競争のような生き方を強いられる現代、忘れてはならないことは日々祈りの時間を持つこと、自分の心を反省する時間を持つことです。

その祈りの時間になさなければならないことは、神の子としての人間の光り輝く原点である愛、慈しみ、奉仕、感謝を認識し、それを改めて自分の心に深く刻むことです。

それによって時間をうまく使うことができるのです。

一刻も早く一瞬も早くその仕事にとりかかることによってその仕事の成功が約束されるわけではないのです。

仕事に取りかかる前に、この仕事がうまくいきますように、この仕事を通して人類が平和へと転換されますように、自分がこの仕事に全エネルギーを注げますようにと、ただそれだけを祈る。

その仕事を与えられたことを神に感謝する。 その仕事に自分を使っていただけることに感謝する。

その感謝の心を植えつける祈りを捧げることによって、五分、十分と仕事にとりかかるのが遅れたとしても、先に始めた人以上の素晴らしい成果を、しかも短い時間で成し遂げることができるのです。

なぜならば、その仕事に必要な素晴らしいエネルギーが迸(ほとばし)り出るからです。

ただ時間に追われ仕事をする人と比べれば、祈った人の仕事というものは、どれだけ濃縮され、どれだけ成果が上がり、どれだけ自分もまた周りも素晴らしい仕事ぶりを見せるか、格段の違いが出てくるものなのです。

 

『光明思想に徹しよう』 西園寺昌美 白光出版

 


世界人類が平和でありますように

日本が平和でありますように

私たちの天命がまっとうされますように

守護霊様ありがとうございます

守護神様ありがとうございます