以前マンション販売のセールスをモデルルームで行っていた時のこと。


 私は別チームの後輩営業マン・大山君(仮名)のサポートに急遽入った。

 お客様は30代のご夫婦だった。
 


 大山君は無難にモデルルームを案内したあと、商談テーブルにお客様を座らせた。
 来場アンケートもとっており主要項目も記入されている。ここまでは一応順調である。
 

 私はお客様の自己資金と年収の項目を見て、このお客様には3LDKのお部屋をお勧めするのが最適と判断した。家族構成からも問題ない広さの3LDKであった。
 

 3LDKにも数種類のタイプがあったが、価格と間取りなどから1つに絞り込み、その部屋がお客様の条件・ライフスタイルに合っている理由などを説明していった。
 大山君も時折相槌を入れている。
 

 その部屋の間取り図を前に、ご夫婦は少し真剣に自分たちがそこに住むことになる場合のことを考えイメージし始めた。
 

 真剣に考えていると、言葉が途切れることがある。頭の中で様々なことを考えていると、目の前の相手との会話にまで気が回らなくなるのである。
 

 決して悪いことではない。
 

 会話が途切れ、間があく。


 それを恐れてはいけない。
 

 勝負どころのひとつなのだ。
 

 しかし大山君はその“間”をまずい展開だと思い、なにか別のことを話さなければと考えてしまった。
 

 彼は、ご夫婦が真剣に見入っているその間取り図をめくり、最初のページのAタイプから順に説明し始めてしまった。
 

「このタイプは南向きの4LDKです」「このBタイプの特徴はトイレとお風呂に窓が付いていることです」「Cタイプのバルコニーの奥行きは・・・」「この間取りはいいですね・・・」
 

 良くないのである。


 お客様の意識はあちらこちらに乱れ、先ほどまで真剣に見詰めていた部屋から関心が離れてしまった。4LDKまで見せてしまったものだから、自分の考えていた部屋が小さく見えてしまう。
 

 そのご夫婦は「検討します」と言って帰ってしまった。
 

 控え室に戻った私は、大山君の尻を思い切り蹴りとばした。なんで買えもしない部屋や、お客様に合わない部屋をわざわざ見せるのだと。

 

 大山君はお客様が黙り込んだので何か話さなければと思ったのと、当社のマンションには様々なバリエーションの部屋が用意してあるのだということを、お客様に伝えたかったらしい。
 

 余計なことである。
 

 お客様が黙り込んだのは真剣に考え始めた時のサインのひとつであるし、パンフレットや間取り図などに関しては「ご自宅でゆっくりとご覧になってください」と誘導し、そこではお勧めの部屋についての話を盛り上げれば良いのである。


 大山君にそのことを教えていなかったのは別チームだったとはいえ私や会社のミスであるし、大山君のその行動を上手いタイミングでストップ出来なかったのは私の至らない点であった。
(大山君、お尻蹴ってごめんね)



パンフレットを見せるな--②  に続く


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