テレビっているかな?
ツイッターやフェイスブックと言ったいわゆる「つぶやき」機能を搭載したSNSって本心を語るにはどうかと思っている。偉そううなこというなら、実際にそれが実行できる立場の人じゃないと机上の空論だし、見ていて恥ずかしく思ったりする。
一方でこのブログというものは、全くの他人に対して発信しているものなので、他人の目を気にしないで何でも発信できる。まぁ、誰も見ていないようなブログだから発信しても何の力もない。そんなところが心地よかったりする。
話は変わるが、我が家にはテレビがない。
貧乏だから・・・・というのはあるけど、さすがにテレビが買えないほどではない。個人的に思うのは、家電でもっとも生活に必要ないものはテレビだと思っている。
我が家には幼い子どもが二人いる。情操教育において今のテレビは、有害でしかない。というより、親が非常にコントロールしづらい。大きくなればインターネットに触れるようになるだろう。そのときには、いくらか自分で判断する能力も身についているし、こちらの話に耳を傾けそれを理解する力もあるので、そのときはメディアに触れても仕方ないかな、と判断している。
最近、電車に乗っていると、体操選手の女性に対して雑誌が言いたい放題書かれていた。割れ目がどうとか、こうとか。
あまりにくだらないのと、それがメインコピーで広告を打っているということは消費者からの反応は良いということの裏返しだ。きっとその体操選手は小さいころから辛い練習に耐えて、頑張ってきた子なのだろう。でも社会はその女性に対して、性的な目で見ようとする。あまりに低俗だし、個人の人権なんて完全に無視。人の親になってみると、耐えられる代物ではない。頑張って、努力してたどり着いた場所で、自分の子どもがメディアに性的に晒されている・・・そんなことを書かれるために、今まで頑張ってきたわけじゃないぞ!うちの子は・・・シクシク・・・という様相が思い浮かぶ。
でも、AV女優やグラビア女優、そうした性的な目に晒されることを職業としている女性はもちろん別。それは自分が選択した結果であるので、あくまで自己責任ということになる。私のような意見の人は性的なものはすべて排除という意見が圧倒的なので、そこは一線を画す。正規の手続きを踏んだ需要と供給なのであれば、問題とする必要はないだろう。子どもに良い情報とは言えないにしても。
とまぁ何が言いたいかというと、メディア、もしくはその刊行者といってもいいけど、それもマインドウイルスであるということ。したがって、生きるが勝ちなのだ。そこには生存競争以外ない。良識な大人が社会人というわけではなく、自分が生きるためには、会社が生き残る必要がある。そのためには、その会社が発信している情報・サービスが生き残る必要がある・・・。その結果、低俗であろうが、売れるものを作らねばならないわけだ。
モラルもくそもあったもんじゃない。でもマインドウイルスの定義は世の中の全てに当てはまるものなので、仕方ない。と諦める。でもこの結果は消費者が招いたものだ。消費者が低俗だから、メディアも低俗に成り下がるしかないし、(もちろん全てじゃない)これで売上が安定するのであれば、この負のスパイラルも安定する。
結論から言えば、今溢れているクソみたいな情報の数々は我々のモラル低下がもたらしたものであるということ。こうした状態から打破したいのであれば、私のような一個人であっても子どもたち、もっと大きく言えば未来に残したい社会を想像しながら、情報を選択していかないといつまでも低俗な社会の一員でしかないということだ。