足尾銅山観光(坑道見物)に来た。待合室にあった山の神像。足尾町にも旧石器時代の生活痕があるらしいが、この山の神とははて?随分南方の土着信仰にも見えるし、割りと最近のものにも思える。
チケットを買ってトロッコ乗り場へ。これはもしや、アプト式ラックレールか??いやケーブルカーか。
通洞坑から入る。実際の採掘も、ここが入り口だった。
江戸期の手掘り。
どうかこの瞬間に大地震が起きませんように、と祈りながらススム。
明治〜昭和にかけて、少しずつ機械化が進んだ。
こんなのがあると、何の神を祀っているか全く分からなくても、御賽銭投げなきゃバチが当たりそうで出してしまうじゃないか。もちろん10円玉。
鉱石も作業員もこんな風に運んだ。路盤だけは平らにする必要があっただろう。
ケーブルカーの軽便鉄道に分類されるらしい。
へー、銅って何故だか分からないが殺菌作用があるらしい。胴壺に入れた水は腐らなかったり、現代でも医療器具や抗菌製品に使われている。へー。
昭和11年、8下‥??
通洞坑を出たところに、貨幣鋳造に関する小さな資料館があった。江戸期の人夫の身体検査。ケツの穴に鉱石隠すヤツとかいなかったのかな。無理か(ミニチュアは出勤場面)。
銭に関する慣用句の語源の説明があった。ビタ一文やらねえ!とか、相撲の十両の意味とか。鐚(ビタ)は、戦国末期の悪銭から来ているらしい。
物事の語源は、少し考えて想像して調べてみるのが面白いけど、結局何も考えず普段使いしてしまう。
寛永通宝モニュメント。左の寛のハネ部分と右の足の字が、足尾産の証明らしい。
銅もありがとう・また銅ぞ。
不覚、笑ってしまった。
わたらせ渓谷鐵道、足尾駅。
元々鉱石輸送の為に足尾鉄道(もちろん古河系)が敷設した私鉄で、後に国有化されて国鉄足尾線に、JRを経て第三セクターとなる。
おぉ〜、山一商標に古河機械金属の社名が。濃硫酸専用とも書いてある。濃硫酸の輸送は1987年に廃止されたとwikiにあったから、もう使われていないのか。それにしてはキレイだ。
す、凄い。こっちはボロボロだ。キハ35。
これが昔のプラットフォームかなあと思うが、積石は比較的新しそうに見える。
一駅進んで間藤駅へ。
ここから先の足尾本山駅までは貨物専用だったが、第三セクター化の際にそのまま廃線となった。
沿道にカメラ構えた人がチラホラいるなあ、と思ったら、丁度列車が到着した。ここまで大型観光バスで乗り付けた外国人団体が大挙して乗り込んで行った。あ、待合室には宮脇先生が足尾線に乗った際の様子を書いた一節が貼られていた。盲腸線特集のエッセイだったか、これ少し前に読んだな。
あかがねは銅と書く。銅の和名。
この廃線に沿って更に奥に進むと、
朽ち果てた踏切遮断機。イイ。
草むしてやがて森林化するのだろうか。落石もあった。
鉄道会社と警察は分かるが、古河機械金属ってあるのが沿革を表している。
旧古河橋、明治23年完成とあるから、130年以上前ってこと??平成期に新橋が出来て線路はそちらに移り歩道となったが、今は立ち入りも出来ない。
中々イイ感じのサビ具合と背景だ。銅山と鉱害だけでは無く、銅山開発に伴って造られた色んなインフラも中々魅力的だ。もう少しPRすれば良いのにな。



























