既に2万歩を超えていてヘロヘロだ。栗東駅で栄養補給。ビールは無かった。
え!?あの有名な伊勢遺跡に来たのにこの一角だけ??
と絶望していたら、少し先にちゃんと立派なガイダンス施設があった。30haってことは吉野ヶ里には及ばないが、それでも相当大きい。弥生後期〜。
楼観跡。中心の大型建物が祭祀場で、こちらは王の居館だったか。しかし生活痕は全く見つかって居ないらしい。
中心を円周状に取り囲むように、同型の祭殿が多数見つかっている。反対に、防御設備や武器・人骨は全く出ていないらしい。
卑弥呼のように、地域のクニグニが王を共立して連合体を組み、ここを統合を象徴する祭祀場とした。円周の祭殿は、クニごとに一棟与えられた。と推察したら、ガイドさんに感心された。
巨木を立てやすいように、柱穴は斜めに掘られている。
野洲川上流から、筏を組んで木材を下ろしたのではないか、窪み部分は縄を括りつける為ではないか、との事。古老の話では、近年まで確かにそうやって木材を運び、都の方まで届けていたらしい。
これが先っぽの細い部分だと地図を見れば、琵琶湖の巨大さにたまげる。琵琶湖疎水の滋賀県側入口。良く京都民に「水止めるぞ」と脅すのは、ココを止めるってことか。
反対の京都方向を向く。おー、ここから超微妙な傾斜を下りながら山々を抜け京都に出るのか。凄い。
大津市立歴史博物館。
瀬田橋は壬申の乱の最終戦舞台。
大津京復元模型。
こちらは明治就航の木造蒸気船一番丸。下等客は蒸気船には乗れず、曳航する丸子船に乗せたと。今なら大問題だ。
三井寺
金堂
京阪京津線に一度乗ってみたかった。
急カーブ有り、急勾配有り、路面区間(併用軌道)や地下鉄直通と、中々面白そうだ。ガタンゴトン。
上栄町駅で下車。旧道を登る。
東海道線の上関寺トンネル。大正10年から現役だ。
蝉丸神社。坊主めくりの蝉丸だけど、実際何をした人なんだろ。
逢坂。武内宿禰が忍熊王にばったり会ったから逢坂。中学の古典で「大阪の語源」と習った気がしたが、全く関係無いらしい。逢坂の関があった場所は特定されていないらしい。
来ました、旧逢坂山トンネル。日本人の手だけで掘った、初の本格的な山岳トンネル。明治13年供用。
今は地震か何かの計測施設として使われているらしい。
へー?落ちるは縁起が悪いから、楽成頼功か。
でもトンネルの反対側を見ると、線路が続いていたような地形には見えず、暫く考え込んでしまった。新線を引くのに、大部分削ったって事なのかな。
上り側。
山科駅。湖西線の0キロポストがあった。
また大阪に来てしまった。久しぶりの西成・新世界。ドヤの居抜きホテルに泊まる。インバウンド客は知っているのかなあ。



























