朝食会場から山陽新幹線を眺める優雅なヒトトキ。さくらが見えた。上空からは、伊丹に下りるプロペラ機がひっきりなしに飛んで来る。

御堂筋線に向かう途中の新大阪駅正面口、謎の線路群が見えた。宮原操車場の設備だろう。車内照明を落とした、色んな回送列車が走っている。


おぉ、顔認証改札機。Suicaのナンバーで乗車経路が割れるって警察関係者から聞いた事あるが、顔認証も中々の個人情報を提供してる。まあ大した違いはないか。


大阪城内、旧陸軍第4師団司令部。立派。今は商業施設で、外国人向けのしょうもない日本語Tシャツが売っていた。


ここにもあったか、タイムカプセル。

大手口枡形の巨石群。相当デカいが、実は一つの巨石をスライスして並べているらしい。

大坂の陣で焼けて徳川期に再建造したものを、昭和初期に復元した。うーむ、姫路城の美しさには劣るが、近世以降に一度ならず実戦に使われた城と言う箔は、他に変え難いと思う。あ、家康は夏の陣で戦死していたと言う密かな噂があるらしい。

城内天守閣の展示。黄金に輝く装飾類。

豊臣石垣館。手当たり次第に石材を集めたらしく、未完成の石棺も使われたとのこと。夏の陣で焼けた後(焼かれた跡の赤味がある)、再建に当たって豊臣期の石垣は埋め捨てた。秀吉が信長の安土城を破壊した?ように、前権力側の象徴は消し去るものだ。

本当に、石を積み上げただけで良く崩れないよなあ。


大阪メトロ谷町線。ふと軌間が広いなと思って調べたら、標準軌だった。

お洒落な阪急百貨店を横目に、新梅田食堂街でカンパイ。戦後の国鉄関係の引揚者に、職を与える為に作られた飲食店街だ。

御堂筋線淀屋橋駅。ホームの構造自体は、昭和一桁代の開業時と変わっていないだろう。美しい。

大阪経済の中心地、中之島に来た。駅逓司大阪郵便役所跡。

日銀大阪支店

こちらは府立中之島図書館。


エントランスホール

メチャクチャ立派。これが、東京を凌ぐ大都市だった大大阪時代の建築かあ。住友家の寄贈らしい。


中央公会堂

当時の壁面と木製の椅子に、

消火栓。

こちらは地盤改良の為に打たれた松杭。どう言う理屈で、伐採した松を乾燥させずに打ち込むと腐らないのか、さっぱり分からん。

少し歩いて、適塾(緒方洪庵宅)。蘭学者・医師の緒方洪庵が、江戸幕府に召抱えられるまでここで蘭学を教えた。知らなかったが、大阪大学の起源でもあり、今は同大が管理している。

福沢諭吉もここで学んだ。

塾生たちは、現代とは比べ物にならないくらい競って勉強したのだろう。ただそれよりも強く感じるのは、公私の公の動機を強く感じるのだ。でも時にはハメを外して暴れたらしく、この柱に刀傷が沢山ついています、と書いてあった。ハメを外して刀をぶん回すのか。スケールが違うぜ。

階段と言うよりハシゴ。

難波橋。wikiによると大阪弁で「ナンにゃバシ」。大元は704年に行基が架けたらしい。


大阪取引所。あの御仁はどなた(薩摩の五代友厚と書いてあった)。

これを見たかったんだけど、土日は対応していないとの事で地上から見物。

確かに水が流れていた。秀吉が町づくりの一環で整備したとされる背割下水。町割の背面部分を流れているから背割。

この説明だと、造られた時期が秀吉なのか江戸期なのか曖昧だが、実際にハッキリ確定はしていないらしい。どちらにしても現役で使われているのは凄い。ブラタモリも来てたような。

四天王寺。仏閣に余り興味が湧かないのは、寺に神なり仏なりが宿っている訳ではなく、端的に言えば僧侶の修行道場に過ぎないから(間違ってたらすみません)。しかし、四天王寺のような古代原初の寺院はまた別だ。593年、聖徳太子による創建で日本最古の官寺。四天王とは東西南北の仏教守護神。

五重塔もだが、金堂や講堂に描かれたブッダ・玄奘の壁画が素晴らしかった。昔から惹かれて止まないシルクロード。

400系?宇宙船をイメージ??

宿で昼寝をさせていた息子発熱の連絡で撤収だ。おうちの方がおもちゃが沢山あるから帰りたいらしい。ストレス掛けちゃってるなあと心が痛む。

正面口の動輪たち。左は0系。心が痛んでも旅は続く。

うっ。宿の入口にこんなのが。俺のをどうにかしてください。