5:52発 特急さざなみ 〜東京
E10がデビューしたら、今のE2のような運用になるのだろう。
おや、一晩ご苦労様でした。
祝杯。明日死ぬとも知れぬ身、行ける時に行きたいところに行くのだ。
特別快速仙石東北ライン。ハイブリッド車両だ。
仙石線なのか東北線なのか。旅人には分からん。
車内にモニターがあった。バッテリー駆動の時はモーター車みたいに静かだった。
塩釜から鈍行で一駅戻り、国府多賀城へ。
楽しみにしていた東北歴史博物館。チーン‥。
まあ閑散期にメンテナンスするのは当然か。閑散期用のフリー切符で来てるから仕方ない。
多賀神社。
祭神は武神、武甕雷と経津主様。多賀城が北方への軍事拠点だったからでしょう。
滋賀の多賀大社から遷祀されたとあるが、調べたら滋賀の方は伊弉諾・伊奘冉が祭神だった。どちらかがもう一方に入れ替わったのか。
近くの多賀城廃寺。これは金堂跡の礎石だったかな。現代の感覚ではピンと来ないが、ある土地を治めるには宗教はとても重要だった。
駅から直ぐ、館前遺跡。
政庁正殿と同じ、4面に庇が付いた格式高い建物跡が発見されたとのこと。ん?庇自体って発掘されるの?柱跡だけじゃないの?
国司の館跡と考えられて特別史跡に含まれたが、その後の調査で、館跡は別の場所にあったと分かったらしい。
日本三古碑、国宝多賀城碑。芭蕉も感激したとか。
肉眼では部分的にしか判別出来ない。京や各地からの距離と、多賀城建設・修造を讃える文面。要は藤原恵美朝臣朝獦の自画自賛顕彰碑らしい。
靺鞨国??靺鞨国からの距離が掘られている。
天皇家はツングースの末裔と言う説もあるから、満州の靺鞨はヤマト王権にとって意外と身近だったのかな。秋田城あたりは交易していたんだっけ。国内だけでは無く、海を隔てた外国からの里数を書いてあるところがおもろい。
復元南大門。
政庁へと続く南大路。
政庁跡。
一部の礎石は、往時のものらしい。
長い闘いの前線基地一覧。
最前線の志波城や胆沢に比べ、多賀城は比較的安全な後方基地だと思っていたが、780年伊治公呰麻呂の乱で焼け落ちたと。
平安以降、蝦夷との長い闘いが終わると、軍事拠点から都市に変容した。しかしこんなに大きな街があったんだ。凄い。まだまだ知らない事だらけだ。




















