船橋市、飛ノ台貝塚の博物館。貝塚だけではなく、縄文集落の遺跡だ。約7000年前。
イイですなあ。イイ。縄文土器の魅力は尽きない。
千葉市の用事のついでに足を伸ばしたが、甲斐があった。
焦げ方もイイ。火炎型土器も焦げ痕があって、実用品としても使われていたらしいが、実用としては邪魔でしか無い、あの装飾は何だったのか。ん?でも何でコレは上部が焦げてるんだ?
見れば見るほど芸が細かい。職人がいたんだろうな。それとも土器造りは、誰もがある程度出来るような、縄文人の一般的な嗜みだったのか。どんな世界観だったのか、紋様からアレコレ想像して楽しむ。
縄文早期には、住居ではなく屋外にこういった炉穴があったとのこと。最初に炉穴が発見されたのが、ここ飛ノ台らしい。
学校用地から沢山の遺跡が見つかっている、と言う説明。建替え時の調査があるから必然なんだろうが、小学生に興味を持って貰うためかな。しかし、ここにある殆どの学校に仕事で行ったぞ。
おおぉ。これが土偶ですか。手指の第一関節くらいの小さな、乳房2つが強調された胴体だけの土偶。市内の別の遺跡から出土。1万1千年前。
何か、愛おしいような滑稽なような、不思議な感覚になる。
土器や土偶の編年なんかも、きちんと勉強したいと思うこの頃。でもきっと、勉強し始めた時点でツマらなくなるのは分かってる。摘み食いでいい。
この装飾は把手じゃないよな。持ちづらすぎだろう。
鯨の脊柱?を石皿替わりに使った。
凄い紋様だ。飽きない。
これは、みみずく土偶ですな。上はカックウ土偶。
土偶の用途を知りたくて堪らないが、分からないままのロマンもまたいい。
同じく市内の取掛西貝塚からは、最古の動物儀礼跡が見つかったらしい。
イノシシやシカの複数の頭蓋骨が、意図的に並べられていた。
目の前にある、縄文人の生活。
何なんだろうね、この模様は笑
伊豆の神津島から黒曜石が運ばれ、使われていた。
こちらは、複製の貝輪入り蓋付き土器。
中に貝輪が入っている蓋付土器は、類例が無く非常に珍しいとのこと。宝箱みたいなものか?運搬用?ホンモノが見たい。
小さな史跡公園。
何かを訴えるように、綺麗なトチノミ?が一つポトリと落ちていた。縄文人は雑食だったが、トチノミも重用したらしい。
寄り道、蘇我駅。データ改ざんで全車両止めるとかニュースでやっていたが、石油タンク車と入換車は動いていた。
上手く撮れず退散。






















