赤煉瓦倉庫。旧保税保管庫。
裏手にあったエレベーター。アメリカ製の業務用で、日本では現存最古級とのこと。
震災で崩れた税関事務所の遺構を、花壇として使っている。
謎に途切れた廃線を新港から象の鼻パークに向かう途中で見つけた。線路は確かにあったんだろうが、ここで終わりなのか先に延びていたのか。でも橋跡らしきものは見当たらなかった。
港湾労働者供養塔。
今みたいなコンテナクレーンなんて開港時は当然無いから、艀を使った荷役だった。
非常に分かりやすい港史の説明が、臨港線の高架下にあった。
へー。
岩倉具視の遣欧団も、ここから船出。
明治天皇が東北巡幸を終えて明治丸から上陸されたのもここ。その7月20日が海の日の由来らしい。
象の鼻パークから象の鼻を望む。
ここが開港最初の港だ。遠くに見える山下埠頭も本牧も、反対側の大黒も当然無かった。
幕末、イギリス商人がここ居留地一番館で商売をしたから、英一番館。
神奈川運上所跡。現神奈川県庁本庁舎。
震災後の建築で、英語銘のプレートも古そうだが、当時からのものだろうか。通称キングの塔。
こちらは旧生糸検査所跡、平成の復元。
郵便局にあった、「外国郵便創業の局」レリーフ。新聞発祥の碑も中華街にあった。近代文明の社会制度の多くが、横浜から始まっている。都市ガスとか下水道もだっけ。
少し歩いた山下居留地遺跡。
外国人居留地のうち、海沿いの山下が商業地区で、山手が生活区と大体分かれていたそうだ。
その山下の、震災で崩れ去った商館の遺構が屋外展示されている。
下水管。
ここを、開港最初期の外人たちの汚物が通ったと考えると微妙。
石川町駅直ぐの横浜製鉄所跡。
幕末に、横須賀に先んじて緊急に造られたとある。とにかく何をするにも鉄、鉄道その他インフラはもちろん、モノを造る工場建屋を造るのだって鉄、って感じだったんだろうな。
初日打ち止め。随分安いなと思って予約したら、往年のドヤ街寿町の宿だった笑。トイレシャワー共同、アメニティ無し。でも個室で窓付き、エアコンテレビもあるなら、ネズミが這っていたインドの安宿とは天と地じゃないか。