特別史跡、一乗谷朝倉氏遺跡。その当主の館、朝倉館跡。全国に数列しかない特別名勝と重文の三重指定らしい。

戦国時代、山に囲まれ守りに適したこの谷筋の地を、応仁の乱後に越前を平定した朝倉氏が拠点とし、100年ほど大いに栄えたと。

居館群跡。博物館に復元があった。

復元町並み。

下城戸の石垣。上城戸と共に区域を囲っていた。

博物館の案内図に、ほんの3文字「出雲谷」と書かれていたのを見つけ、多分この辺りの集落だと思ってレンタサイクルで回ったが、痕跡は分からなかった。

でも地名からどう見ても、出雲人の移住地だと思う。日本海から足羽川を遡って来たんだ(調べたら、朝倉氏重臣の魚住出雲守の館跡が発掘された場所らしいが、それ以上は分からない)。

そう言えば、滅亡した朝倉氏末裔が、出雲日御碕神社の宮司?になったと、どこかで読んだ記憶がある。

町並みジオラマ。

開き戸。焼かれた跡だろう。

大量の銭。一乗谷滅亡の際に、多分後で取りに戻るつもりで井戸に投げ込まれたのだろう、とのこと。

こちらは屋内展示の石敷遺構。

用途は良く分かっていないらしい。奥の経堂への参道、船着場等の説がある。

屋内は屋内で、保存は大変なんだ。放って置くと乾燥して崩れたり、塩分が上がって来て汚れたりする。かと言って湿度を上げるとカビが生えたり。ご苦労様です。

なるほど、下剋上とはこう言うことか。

中世史は一次資料が(古代に比べて)豊富に残っているだろうから、物事の関連がハッキリしていると思う。それでも毎年、新しい事実や見方が出てくる。

でも当然、人間の暮らしに区切りなんて無いから、中世を知ることで、それ以前のこともより理解が進む気がする。