事故から一週間、二度目の手術の日がやってきた。

 

 

首と腕と足の三箇所の骨折だったが、最初の手術では首だけの処置で終わったので残りの腕と足の手術だ。

 

 

ここまで腕と足は折れたままだったが、幸いというか皮肉なことというか動かすこともできず感覚も無く支障はなかった。

 

 

もっと大きな支障で気にはならなかった。

 

 

 

今回の手術自体は腕と足の折れた箇所の骨の中に鉄心を入れて軸にし、つなぎとめることで終了。

手術自体は特に問題はなかった。

 

 

 

「これでやっとリハビリが始められるなぁ」

 

 

 

術後のベッドでそんなことを漠然と考えていた気がする。

 

 

 

しかし不運なことにそこからゴールデンウィークに突入してしまう。

 

 

 

ドン底へと向かった

三日目四日目と過ぎて行き、未だに現実ではないんじゃないか?と思いながらも、ただ漠然と、空を見上げるように

 

 

 

「あぁ、もう俺の体は動かないんだ」

 

 

 

ということを考えていた。

 

 

 

事故から70時間以上、常に動かない何も感じない状態をそれだけ過ごしていれば納得はしなくとも、どんなに嫌でも理解させられる。

 

 

 

ただ光明、とまでは行かないにしても、事故後初めて先のことが見え始める

 

 

 

同じ病院に入院していた他の患者さんたちが部屋に来てくれて、いろいろ話をして行ってくれた。

 

 

 

運がいい(?)ことに、自分が入院した時は若い世代の脊椎損傷者が多く、自分の状態やこれからどういったリハビリを経てどうなっていくのかを聞かせてもらった。

 

 

 

自分はまだベッドを起こすこともできない状態だったので声を聞くだけだったが、みんな明るかったのが今でも印象に残っている。

 

 

 

その中でも一人、一際目立つ人の放った言葉は今でも強く覚えている

 

 

 

「今までがイージーモードだったんで、これくらいがちょうどいいっすよ」

 

 

 

まだまだ底に張り付いてはいるが、この言葉で心が少し軽くなった気がしたような気がした。

 

 

 

この方には入院中も退院した今でもお世話になっている、この方との楽しい思い出を作れるようになるのは、まだまだ先の話。

「前向きだね」

 

 

とか

 

 

「たくましいね」

 

 

とか、こうなってからよく言われるようになった。

 

 

でもそんな簡単に強くなれたら誰も死なない。

 

 

 

 

今の自分は少しでも横を向けば一瞬でドロドロとしたものに絡め取られてしまう、自分を奪われてしまう。

 

 

 

だからそうならないよう、1mmだって横を向かないようにガチガチに首を固定して前を向くことしかできない。

 

 

 

常に首筋には嫌なものの気配を感じる

 

 

 

 

毎晩寝る前に夢物語を想っては心は乾いていく

 

 

 

 

場所が違うだけで死刑囚となんら変わらない

 

 

 

 

いつか来る最後のノックを待っているだけの日々

 

 

 

 

夢も希望もない、何も先は見えない、見ようとも思わない

 

 

 

 

いつリセットボタンが現れてくれるのか、思考が巡る

 

 

 

 

日にちの境目がなくなっている、去年の今と考えていることが変わらない

 

 

 

 

ここにいる意味はあるのだろうか

 

 

 

 

生き残った、というところが自分の人生のピークだったように思える

 

 

 

下がるだけの人生、早く着地したい。

目が覚めても状況は今日も何も変わらない

 

 

走りっぱなしだった夢の中から一転、今度は本当に腕一本も動かせない

 

 

ジョークにしても笑えなすぎる

 

 

今日は手術の時から一切していなかった輸血をしてもらった。

先生の方針で輸血はしない方向で考えていたらしいのだが、血が足らなすぎて目も開けられない状況だったので1リットルほど輸血してもらった。

 

 

 

解放骨折なら血が出るからわかりやすいが、ただの骨折でも血は消費されるらしい、自分の場合は首、上腕、大腿骨と大きな骨だったため結構な量の血が失われていたらしい。

 

 

 

輸血が始まると自分でも驚いたがだんだんと目が開くようになっていった、もっと早く頼めばよかった心底思った。

 

 

 

頭もずっとモヤがかかっていたようにぼんやりとしていたのがだんだんと晴れてきた

 

 

 

そして事故から二日目になってケータイを確認した。

心配や励ましのメールを見ると改めて、「やっちまったんだな」と感じた

 

 

 

そして地元の友達と大学の先輩、今思えば自分を一番笑わせてくれていた二人に電話した

 

 

 

 

「また笑って話せるだろうか」

心配しながら掛けた地元の友人は驚いていたがそれでもいつもと変わらない対応で安心した、事故にあってから初めて少し笑えた

 

 

 

そして大学の先輩

 

 

前置きをさせてもらうと、当時の自分は2年生ながら所属していた部門のエースだった、自分が引っ張るつもりで部活をしていたし、これからもそうしていくつもりだった、三日前までは、、、

 

 

 

正直先輩に何か言ってもらったという記憶はあまりない、ただひたすら泣きながら謝った

 

 

「すみません、自分もう部活できないです」

 

 

 

わかりきっていたことでも言葉にしてしまうといろんな感情がこみ上げてきた。

期待してくれていた先輩や着いてきてくれていた後輩、みんなを裏切ってしまった罪悪感、そして2度とあの場所に戻れなくなった悔しさ、どれだけ泣いても足りなかった

 

 

 

ここからほぼ毎日泣くことになる

気がつくと真っ暗な山道をひたすら登っていた

 

 

 

茂みをかき分け、月明かりもほとんど届かないような道無き道をただひたすらに登っていた

 

 

 

「追いつかれてはいけない」

 

 

 

何に追われているのかもわからず、ただ何かに追われているような、止まったら暗闇に飲まれてしまいそうな恐怖で足を止めることができなかった

 

 

 

かき分けた草の感触や自分の息づかい、夜中の暗闇がそれまで見たどんな夢よりもリアルだった、もちろん恐怖心も

 

 

 

 

しばらく逃げているとポツンと寺のような建物に行き当たった、昔話に出てくるようなボロボロで小さな建物だった。

 

 

 

隠れられる

 

 

 

もうその考えしかなかった

 

 

 

中に入るとすぐに戸を閉めて隅にうずくまった、小さくなって後ろから追いかけてきていた「何か」が通り過ぎるのを期待した

 

 

 

真っ暗で無音の空間

 

 

 

 

 

それでも「何か」がまっすぐに建物に向かってくるのがわかってしまう

 

 

 

音もないのに、何が追ってくるかもわからないのに、確実に近づいてくるその「何か」が怖くてガタガタ震えが止まらなくなった

 

 

 

 

そして気づいたら閉めた戸の向こうに「何か」が居た

 

 

 

伝わる気配で狂ってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

バッと目を開く

 

 

 

暗い部屋、隣から心電図の光が薄く見える

 

 

 

首には固定のコルセット(あとでわかるがカラーというらしい)

 

 

 

さっきまで草をかき分けた腕は動かないし、足はついてるかどうかすら自分ではわからなかった

 

 

 

まだ夜明け前らしい、頭の上では付き添いの親の寝息が聞こえる

 

 

 

夢と同じように暗い場所だったが、それだけで生き返るように安心した

 

 

 

が、今度は本当に逃げられない現実があった。

 

 

 

感覚のなくなった足や、片方は折れている腕

 

 

 

それでも眠ったらまたあの山道を登るかもしれないと思うと目を閉じることができなかった

 

 

 

ただただ暗い天井が夜明けで青くなっていくのを眺めていた

 

 

 

何も先の見えない朝がきた

順番がおかしいことになってますが初めまして、ブログネームはそのうち決めます

 

 

頚椎損傷、c6−7とかそこらへんの一級障害者、車椅子ユーザーであるこのブログの管理人です

 

 

 

自分の人生の回顧録、そして他の車椅子ユーザーに向けての情報発信(役に立つかは不明)、そして映画やら漫画のレビューとかそこらへんを書いていきます。

 

 

 

ブログタイトルはgood 楽苦(lack)って呼んでもらえると嬉しいです。

 

 

 

自分自身この障害になってから数年が経って、たくさん楽しいことや苦しいことを経験してきました。

そのどちらも今となっては良き(good)思い出であり、楽も苦もどちらかが善悪ではなく、そのどちらも自分にとって大切な楽苦(lack)なのだという思いからこのタイトルにしました。

 

 

 

10分くらいで思い着いた割にそれっぽくて良くないですか?笑

 

 

 

基本的に適当なやつなんでそういう感じでお願いします^^

「ヤバイなぁ」

 

 

コーチの発したその言葉が僕の新しい世界で初めて聞いた言葉だった。

 

 

 

 

ハタチのある日、僕は障害者になった。

スキー中の事故、崖から飛んでったらしい。

事故当時の記憶はない。

 

 

 

 

次に意識が戻った時に聞こえたのは救急車の音

 

 

 

 

サイレンの音と自分が運び込まれる音を聞いてまた意識を失った

 

 

 

次に意識が戻った時は激痛で目覚めた

ヘリで輸送中、頭を強く押さえられすぎて頭蓋骨が割れるかと思った

 

 

 

 

「○○、頑張れ!」

 

 

 

コーチの言葉になんとか返事をしてまた気を失った

 

 

 

次に目が覚めた時には病院のベッドの上だった

家族とコーチ、そしてお医者さんに囲まれていた。

 

 

 

「〇〇さんは頚椎を損傷していました。手足に障害が残りますのでこれからは残った部位で生活していくための訓練をしていくことになります」

 

 

 

確かそんなことを伝えてお医者さんは退室していった

 

 

 

 

手足に障害、、、

 

 

 

 

そういえば足の感覚がないな、、、

 

 

 

 

手も何かおかしい、、、

 

 

 

 

頭がぼーっとする、、、

 

 

 

とりあえず今は寝よう、起きれば何かが変わっているかもしれない。