今年から金光教の教会連合会信徒部の委員長を

させて頂くことになった。

教会連合会というのは、

大阪府下にあるお教会を八つの教区に分けた

うちのひとつで

地域ごとに振り分けられている。

そこには各教会長先生からご指名を受けた委員が選出されており

私が所属する教会連合会信徒部では

現在12教会からの委員で構成されている。

 

私自身は48歳の時に先代教会長にお勧めを頂いて委員となり

15年間委員をさせて頂いてきた。

この度は前任の委員長が3期8年を終えて

辞任されるにあたって

これまで副委員長をしていた私に白羽の矢が当たった。

若い時から委員をさせて頂いている分

他の委員さんに比べて古参であることを考えれば

仕方のないことだが、私は委員長の器ではない。

私は子どもの頃から副長や副部長、次長など

長を支える立場からはさまざまなアイデアを提案したり

突撃隊長として能動的に行動をすることには

どちらかと言えば得意な方に思えるのだが

首長という立場でグループの中心となってやってみて

うまくいった記憶がほとんどない。

気が付けばいつも批判の的になっている。

 

昨年から始まった人工透析を理由にお断りすることも可能だが

断れば、おそらく一生この御用をさせて頂く機会がないかもしれない。

そう考えてみると、とても私ひとりで成し遂げられるお役割ではないが

委員の皆様の協力を得るとともに

教会長先生のお取次を頂きながら御用に就かせて頂くことを

信心の練習帳と受け止めて

させて頂く決心をしました。

 

先日、5月に予定されている記念集会の

実行委員会を開かせて頂いた。

この記念集会は年間予定の中の一番大きな集会で

当連合会の創立記念日に合わせて毎年開かれている。

今回はその70周年にあたる記念の集会なのだが

68回や69回といった途中の年の集会の時にも

積み上げてきた会を大切にしようと

「記念」の文字を入れましょうと提案したのも私自身である。

 

実行委員会の参加者にはこれまで委員長を歴任されてきた

前委員長と前々委員長のほか

私と一緒に肩を並べてやってきた副委員長と

私の後任として副委員長になられた方にお願いして

私との5人で開かせて頂いたが

やってみて感じたのは、前委員長と前々委員長の心強いこと。

それぞれに委員長という責任ある立場でやってこられたこともあるが

今日の実行委員会に向けて過去の資料の準備のほか

新たなる方策についての意見をまとめてきて下さっている。

それでもって新委員長となった私自身の方針に合わせて下さっている。

 

これまで副委員長として精一杯、委員長を支えてきたつもりだったが

実際には委員長に支えられて

副委員長の御用が出来ていたことを痛感させられた。

 

と同時に委員長の器というものは、

そういう器のある人がすることじゃなくて

委員長という御用をさせて頂くことで

委員長の器になってくるように思えてきた。

 

これから委員長という御用を通じて

神様から大器晩成させてもらえることを愉しみに

信心の稽古をさせていただく気持ちになってきた。

委員の皆さま、各お教会の皆さま、宜しくお願い致します。