先週にも書いたけれど、信心は分かりにくい。
私自身も信心を通じて知り合った両親の元で生まれ育ち
親に連れられるがままに教会参拝や御本部参拝、お墓参り
をしてきたけれど、信心が分からなかった。
山一証券の倒産の折に、社長さんが謝罪会見されているのを見て
教会でも、教会長がテレビの取材を受けて
「すべてはデタラメでした」という謝罪会見がいつかあると
ずっと思ってきた。
社会人になってから、たまたま別の金光教の教会へ行くようになり
子どもの頃に通っていた教会の話とは違う
金光教の教会長の話を聞いて、理解が出来るようになっていった。
たしかに妻の信心している創価学会に折伏されないように
必死だったのもウソではないが
同じ金光教の教会でありながら
こんなにも分かるものかと思ってしまう。
岡山県におられた教祖様に直接お会いになって
その信心を大切に伝えてこられた
直信と呼ばれる3名の方々が
それぞれに大阪で教会を開かれた。
それぞれのお教会でご修行をされた方々が
また教会を開いてこられました。
修業をされて新たに教会を開く際の
元になった教会を親教会として大切にされているため
大阪の金光教は、大きく分けて3本の流れがある。
またそれぞれの教会では、その教会の初代教会長が
どのようにしておかげを受けてこられたかによって
特に大切にされているところが微妙に異なるため
ハード面では同じであっても
ソフト面では大きく異なる方針をもっておられる。
そのおかげで私のように元の教会では理解できなかった信心が
別の教会に御縁をいただけることで
信心が分かってくるということがある。
いわば両親に連れられて参っていた教会で植えてもらった種子が
別の教会に御縁をいただくことで発芽し、成長していったとも言える。
金光教では、そういうスケールメリットがあり
私だけでなく、他にもそういう方の話を知っている。
ある教会のご子息さんが教会の跡を継ぐのを嫌がって
ご自宅の教会から離れた大阪で就職をされた。
たまたま借りたワンルームマンションのそばで
教会を見つけて、ぶらっと入ってみた。
その教会もまた、自分が育った教会とは異なるルーツの教会で
見方が変わることで、信心の見え方が変わっていき
今はその教会を継いでおられます。
その方の場合、御実家が教会だったので
元の教会で御用をされていますが
私の場合は、信者であるために
ご縁をいただいた教会に今もなお通い続け
教会を運営する側の御用もさせて頂いている。
しかし金光教では、元のお育ていただいた教会から
別の教会の信者となることは、よく思われない傾向がある。
私自身も今の教会に移ったことで
元の両親が参拝する教会のご信者さんたちからの
批判にあってきた。
また御本部の機関誌からの依頼を受けて
1年間、毎月投稿してきたことがあるが
育った教会とは別の教会に御縁を得たことで
自分自身がおかげを受けてきた経過について書いたことで
直接的にはないが、批判的の声があったことも耳にしている。
実際には私の知らないところでは
元の教会長と後の教会長との間では、
私自身のことを願い合っておられたことも聞いていますが
やはり金光教としては、いい信者の例には当たらないらしい。
自分自身の信心と出会い、親からの二代目ではなく
初代の信心を続けている姿を見て、少しずつ誤解が解けてきている。
私自身が助けられたように、批判的な目では見ずに
金光教のスケールメリットを生かした布教を考えた方がいいと思っています。