父と義母は老人ホームに入所している。

二人とも認知症があり、徐々に進んできており

だんだんと会話もスムーズにはいかなくなってきた。

 

立ち上がれなくなり、寝たきり生活になったため

老人ホームに入所した当時の父は、

認知症もそれほどひどくはなく

「老人ホームへ入所したことは他人には伝えないでほしい」

と言っていたので、伝える人を制限していた。

そのうちに「こんな生活をしていたらボケてしまう」

と言うようになってきたので

伝える人を増やしてなるべく面会に来てもらい

おしゃべり好きの父と話をしてもらう機会を増やした。

 

次第に認知症が進んできたが

父への面会して下さる方々が増え

父と会話をして下さるのはありがたいが

嚥下(えんげ=飲み込み)障害があるため

食事を流動食にしているため

手土産は控えるようにお願いしているにもかかわらず

認知症の父が「なんでも食べられる」と言ってしまうため

さまざまなものを持参しては食べさせてしまい

たびたび施設からお叱りを受けた。

その都度面会者に電話をして

「面会に来て会話して下さるのはありがたいが

食べさせるのはやめて頂きたい」とお願いしてまわったが

「ふつうに食事をしている」と言ってしまう父に

おやつを持ってくる人たちが後を絶たなかった。

 

次第に誰が面会に来て下さったのか分からなくなってきた。

特定のお二人は、認知症であることが

分かっているのか気付かないのか、よく来て下さるが

その他の方々は、なんとか都合をつけてわざわざ来て下さるのだが

失礼なことだが父の記憶には残らない。

何人もの方々から「先日、お父さんのお見舞いに行かせて頂いた」と耳にするが

父に聞いてみても「そんな人、来てない」という始末。

とてもわざわざ来ていただいた方々には、記憶に残っていないことは伝えられず

「わざわざお越し下さってありがとうございます。

 父も喜んでおりました。」とお伝えしてるが、

誰が来たのやら把握できなくなってきた。

 

最近では「会社に行かなければならない」と言い出して立ち上がろうとする。

どうしてそんな気持ちになったのか尋ねると

母が来て「早く会社に行きなさい」と言われたと言うが

母は25年以上も前に亡くなっている。

老人ホームに入所した当時は持ち込むのを嫌がった母の遺影を持ち込み

妻が「27年前に亡くなりました」と書いて貼ると

母が亡くなったことを知り、涙を流す場面もあったが

次第に遺影を見ても、母が亡くなったことにも気付かなくなっていく。

 

たびたび「会社に行かなければならない」と言って

寝たきり生活なのに立ち上がろうとして転倒したり

ベッドから落ちる頻度が増えてきた。

その都度、会社を退職して20年以上も経つことを説明し

「90歳を越えたおじいさんが会社に来たら驚かれる。

 浦島太郎みたいになる。」と説明しては納得してもらうようにしてきたが

認知症状はどんどん進んでいき、

体調を崩して一時入院した際には、すぐに立ち上がろうとするため

身体拘束をされていたらしく、一時よくなっていた褥瘡(じょくそう)が出来、

入院前より悪化してしまった。

 

退院のためお迎えに行くと

「ワイシャツを取ってきてくれ。今から会社に行く。」と言って

こちらの言うことをきかなくなり、

世話をしてくれている妻も「だんだんと父が嫌いになってきた」

と言い出した。

妻がそう思うのも仕方がないことで

妻には「父を嫌ってもいい。自身を責めないでいいよ」と伝えている。

 

今年93歳にもなった父が、

今でも「会社に行かなければ」と思って自身と闘っている。

それこそが父の人生の集大成であり、

そういう思いで私たち家族を養ってきてくれたんだ。

時には会社に行きたくなくても無理して行った日もあるだろう。

そう思うと、腹の立つ父でもありがたくなってきた。

父の行動を目の当たりにすると、とても許せない父ではあるが

神様には、父の御礼を申し上げつつ

父がもう少し認知症が進んで、闘わなくて済むように

楽になって頂けるようお願いしている。