先週より金光教加法教会長佐藤道文師の教話のレジメに
少し加筆をして掲載しています。
皆様のご信心の一助になればと願っています。
5.あなたを見ていてひとつも有難くないのよね!
★「祈願」の内容
生神金光大神様とみ名を唱え わが心が神に向かうことをもって 少しでも信心を間違え
ないよう生活を進め 神様に好かれる信心の稽古に取り組みます
一、人を軽く見ない 一、人に恩をきせない 一、人を利用しない
一、人をあてにしない 一、人を責めない 一、人のことを祈る
今日一日がおかげになる自分であれますように
・私どもの教会連合会の会合に出席した時にある教会婦人から「あなたのお父さんは立派
だったかもしれないけれど、あなたを見ていても一つも有難くないのよね」と言われ、
腹が立った。
・波風が立った時に稽古してきた筈の信心が発揮されなければならない筈だったのだが・・・
・自分の正体を見せつけられた経験
・「知る」と「出来る」は違う。稽古をしてるつもりになっていた。
・佐藤範雄師が「神徳を受けるにはどうしたらよろしゅうございましょうか」と教えを乞うと、
高橋富枝師は「仕返しを思わん事でございます」と答えられた。
《大先輩の先生から教えて貰った事》
① 腹の立つ相手の事をご祈念してみろ。それが無理そうならご祈念の時に腹の立つ相手
の名前だけで良いから思い出すようにしてみろ。
② 自分という人間の根性が簡単に変わらないのと同じで、ちょっとご祈念したくらいで
相手が変わる筈がない。これまで腹の立つ相手の事をご祈念した事がなかったかも
しれないが、あなたは少なくともご祈念の時に名前だけは思い出そうとしたのだとすれば、
それは誰がおかげを受けたのか?
③ 誰でもありがたいものには手を合わす。有り難くないものには誰も手を合わせよう
とはせん。有難くないものでも有難いものになっていくようにお願いせんといけん。
④ ほめられたら良い気になったり、気に障ったら腹を立てたり、人間はそんな事ばっかり
して生ているもの。
⑤ 色々な事に出合うけれども、こちら側の信心がしゃんとしていれば、それでええじゃろうが。
6. 三代金光様のお言葉 ~他人事から自分事へ~
★3代金光様のお言葉
「せんこく、飛行機がとおりましたなあ。音が聞こえますと、いつでも、ぶじに目的地に到着
いたしますようにと、神様にお願いいたします。子どもの泣声が聞こえましても子供の苦
しみがとれますようにと、お願いいたします。神様は、いつでも、お願い以上のおかげを
くださいます。ありがたいことであります。」
「はい。それで、飛行機ばかりではありませぬ。人生行路の上にも、突風があったり、機械
の故障があったりしますから、大難は無難のみかげをこうむりますよう、お願いさせていた
だかねばなりませぬ。そのこともあわせてお伝えください」
※『金光様』3代金光様御伝記刊行会、昭和48年12月10日、298~299頁
・こうしたご祈念とは金光様がしてくださる事で自分がする事だとは思っていなかった。
・私の事も、私が腹を立てた相手の事も、金光様はご祈念くださっている上でのお互い。
7.芸備教会二代教会長 佐藤一夫師の取次
①信心とおかげ
「おかげ、おかげ、と言っても影を追うな、影を追えば影は逃げる。真っ直ぐに、光の方へ
進んで行ってみい。おかげは、自然と自分の後についてくるものじゃ。おかげがないのと、
頂いているおかげが分からないのとは違うぞ。おかげを分からせて頂ける、おかげをお
願いしているぞ。」
②本当の信心、本当のおかげ
「どういう信心をさせて頂いたら本当の信心でしょうか?」
「それが本当の信心じゃ」
「いや、分からんのでお願いしております。」
「今までいつでも、ああなりますように、こうなりますようにと自分で決めて、それを神
様に聞かせようとしておった。取次者である私に、いつでも、ああなりますように、こう
なりますように、と聞かせる。指示をする。どうぞ天地の親神様の思し召し、私の考え
を聞きますようにと御祈念しておったが、初めて『どうしたらよろしゅうございましょうか』
と、聞く気になった。『それが本当の信心じゃ』。天地の親神様、声も聞こえない、形も
見えない。どこに思し召しがあるか分からない。そこで、今日から私が教える事を神様
の思し召しと思うて守らせて頂けよ。それが本当の信心、本当のおかげである。」
③これがおかげを受けたというもんじゃ
「どのようになったら、おかげを頂いたというもんでございましょうか。今日はそれを教えて
頂きたく参りました。」
「天地のお恵みを有難く頂いて、天地の間の動きがどのように変わろうとも、有難い生き方
が変わらないようになったら、これがおかげを受けたというもんじゃ。」
・生活環境は変化しますし、周りにいる人がどうであろうと、「天地のお恵みを有難く頂いて、
(自分自身)有難い生き方が変わらないようになったら、これが(お道の信心で)おかげを受
けたというもんじゃ」と教えられている。 (来週につづく)