アメブロの皆さま、はじめまして。

gooブログから引っ越して参りました。

私が金光教、妻が創価学会を信仰している夫婦です。

「夫婦で宗教が違う」と言うと、たいてい驚かれます。

また「嫁いだ妻が宗旨替えしなければならないのに」

というような古風な話をされる方もおられます。

 

両親は金光教信者どうしで一緒になり

金光教信心を大切にする家庭で生まれ育ちました。

しかしながら子どもであった私には

神様がありがたくなくて、ありがたくなくて

私が一生懸命勉強して高校受験や大学受験に合格したのに

両親は「神様のおかげ、神様のおかげ」と喜ぶし

うまくいかなかった時はいつも「お前がちゃんとしないから」と

私のせいにされて叱られて割に合わない。

大学で社会福祉を専攻した私は、神様がいるのなら障がい者は生まれないはず

と本気で思っていましたし

いつか山一証券の倒産記者会見のように

「金光教はデタラメでした」会見をするに違いないと思っていました。

 

そんな私であるにも関わらず、妻と出会い創価学会を勧められると

それが嫌で「私は金光教」だと言い張り

妻に論破されないように金光教について勉強していくことで

金光教のありがたさが身に付き、

両親がやってくれていた一つ一つがありがたく思えるようになって

皮肉にも妻のおかげで、金光教の信心が出来るようになりました。

 

二人の信心が異なることも承知うえで結婚しましたので

あえてどちらの宗教も尊重する意味で

当時はまだ珍しかった人前結婚式としました。

信教の自由は法律でも認められており

夫婦で宗教が異なることはいいのですが

お互いの宗教を理解し合うために

来る日も来る日も夫婦で信心の話をしました。

二人は馬が合い、めっちゃ仲がいいのですが

こと宗教の話となると口論になり、苦労しました。

 

「なんで分かってくれへんのや」と泣きながら眠り

目を腫らして起きる生活が365日×10年間続きました。

その結果、お互いの宗教が理解し合えるようになると

自然にありとあらゆる価値観までもが一致するようになり

そこからは夫婦間で信心の共励会が出来るほどの関係になりました。

そして日常的に信心の話をしながら生活しています。

 

当ブログではそんな私たち夫婦が生活の中で感じた

信心話を書いていきます。

ご家庭での信心話の参考にでもなれば幸いです。