先週、父の腰痛の話を書きましたが
皆様方からのお祈り添えも頂きまして完治しました。
ありがとうございます。
しかしながら父はずっとベッドで横たわっていたこともあり
足の運動機能が衰えてきてしまい、臀部に筋肉痛が残りました。
また運動量が足りないこともあって、元気な時のような快便にならず
そのことがストレスになっているようです。
歩行については歩行器を用意してもらい、
歩行器を使いながらトイレへ行くのもかなりスムーズになってきました。
服薬をしながらこのまま室内を歩行器を使って歩くことで
腸の機能も働き出せば、父のストレスになっている便通も良くなると考えていますが
これまでの自由な生活に比べて自らの身体が思うようにならず
「病院に入れてくれ」と言いますが、
腰痛の時も、骨折している訳ではなく入院の必要性はありません。
父は、教会の御信者さんからは「よく御用をされる人」で通ってますが
実は無類の面倒臭がりで、教会のように誰かに褒められれば進んでしますが
誰からも評価されない場所では、必要にかられなければ何もしない人です。
そのため入院することでオムツを使う生活になったり、
必要にかられて歩き回ることも減り、介護度の後退が心配でなりません。
なんとか「元気ですね」父より若い人たちから言われることで
前向きになれる性格を利用してモチベーションを上げることを考えており
デイサービスへの再開を打診していますが
ええ恰好しい(格好付け)の父は、こんな姿をさらけ出したくないと
抵抗しています。
またこれまではどんな些細なことでも教会長にお届けをすることで
自分の気持ちの整理をしてきた人なので
「今の自分の気持ち」(承認欲求)を聞いてもらいたくなり
我が家には昼夜を問わず、頻繁に電話がかかってくるため
電話の呼び出し音に私たち夫婦(特に妻)は疲弊してしまい、
電話が鳴るたびに体調がおかしくなってきました。
そのためワンタッチ番号登録を携帯電話に変更してみましたが
妻の仕事中にも頻繁にかかり、その度にビクビクするだけでなく
満タンにしていた充電もすぐに無くなってしまう。
それでワンタッチ番号登録に父の家の番号にしてみました。
1日ほどは収まりましたが、なぜかまた頻繁にかかるようになったので
父からの頻繁な電話により妻の体調が悪く(ノイローゼ)なったことを
私から父に直接話をしましたが、今晩も掛かっています。
「心配する気持ちで信心をせよ」という御教えを例に挙げて
そのストレスに感じることを神様にぶつけてはどうかと伝えていますが
神様に伝えても頼りなく感じるのか、人間に直接話さないと得心いかないようで
あれほど熱心だった信心はどこに行ってしまったのだろうか?と思ってしまう。
「大酒大食は絶食のもとになるぞ」という御教えのように
父が妻を求めすぎ、頼り過ぎたことが妻を苦しめ、
一番話を聞いてもらいたい嫁(私の妻)に会えなくなってしまったように思えてくる。
私はダメージが少ない分、妻に代わって一日一度は顔を出しているが
アウェイ感が感じられる。(求めているのは妻)
なんとか父に前向きになってもらい、お教会やデイサービスに連れ出したいと願っている。
皆様方からのお祈り添えも頂きまして完治しました。
ありがとうございます。
しかしながら父はずっとベッドで横たわっていたこともあり
足の運動機能が衰えてきてしまい、臀部に筋肉痛が残りました。
また運動量が足りないこともあって、元気な時のような快便にならず
そのことがストレスになっているようです。
歩行については歩行器を用意してもらい、
歩行器を使いながらトイレへ行くのもかなりスムーズになってきました。
服薬をしながらこのまま室内を歩行器を使って歩くことで
腸の機能も働き出せば、父のストレスになっている便通も良くなると考えていますが
これまでの自由な生活に比べて自らの身体が思うようにならず
「病院に入れてくれ」と言いますが、
腰痛の時も、骨折している訳ではなく入院の必要性はありません。
父は、教会の御信者さんからは「よく御用をされる人」で通ってますが
実は無類の面倒臭がりで、教会のように誰かに褒められれば進んでしますが
誰からも評価されない場所では、必要にかられなければ何もしない人です。
そのため入院することでオムツを使う生活になったり、
必要にかられて歩き回ることも減り、介護度の後退が心配でなりません。
なんとか「元気ですね」父より若い人たちから言われることで
前向きになれる性格を利用してモチベーションを上げることを考えており
デイサービスへの再開を打診していますが
ええ恰好しい(格好付け)の父は、こんな姿をさらけ出したくないと
抵抗しています。
またこれまではどんな些細なことでも教会長にお届けをすることで
自分の気持ちの整理をしてきた人なので
「今の自分の気持ち」(承認欲求)を聞いてもらいたくなり
我が家には昼夜を問わず、頻繁に電話がかかってくるため
電話の呼び出し音に私たち夫婦(特に妻)は疲弊してしまい、
電話が鳴るたびに体調がおかしくなってきました。
そのためワンタッチ番号登録を携帯電話に変更してみましたが
妻の仕事中にも頻繁にかかり、その度にビクビクするだけでなく
満タンにしていた充電もすぐに無くなってしまう。
それでワンタッチ番号登録に父の家の番号にしてみました。
1日ほどは収まりましたが、なぜかまた頻繁にかかるようになったので
父からの頻繁な電話により妻の体調が悪く(ノイローゼ)なったことを
私から父に直接話をしましたが、今晩も掛かっています。
「心配する気持ちで信心をせよ」という御教えを例に挙げて
そのストレスに感じることを神様にぶつけてはどうかと伝えていますが
神様に伝えても頼りなく感じるのか、人間に直接話さないと得心いかないようで
あれほど熱心だった信心はどこに行ってしまったのだろうか?と思ってしまう。
「大酒大食は絶食のもとになるぞ」という御教えのように
父が妻を求めすぎ、頼り過ぎたことが妻を苦しめ、
一番話を聞いてもらいたい嫁(私の妻)に会えなくなってしまったように思えてくる。
私はダメージが少ない分、妻に代わって一日一度は顔を出しているが
アウェイ感が感じられる。(求めているのは妻)
なんとか父に前向きになってもらい、お教会やデイサービスに連れ出したいと願っている。