定年退職をして1年8か月、通院の日と旅行など遊びに行く日以外は
基本8時半に家を出て10時からの正祈念に合わせて御祈念させて頂き
また小一時間かけて帰宅している。
仕事をしている時には、参拝するのも面倒だけど月一では少なすぎるけれど
日参するのは多すぎると、週一回の参拝を自分に課して35年くらい続けてきたというのに
定年退職後は毎日続いている。
日参していると言うと、皆さんからビックリされるけれど
一番ビックリしているのは、自分自身である。
自分ではデイサービスにでも通うように雨の日も台風の日も構わず
「馬鹿の一つ覚え」みたいに続けていることで、
最近になって「神様に遊んでもらいにいく」感覚になってきた。
この方の道は、神様と仲良くさせてもらうことが大切と言われるように
仲良く遊んでもらっている。
しかし毎日続けているとさまざまな不都合なことも起きてくる。
電車が遅れることもあれば、下痢でトイレに間に合わない日もある。
教会長のお話にカチンと来たり、自分の都合のいい時ばかりではない。
その度に「神様は、そう来ますか。分かりました。受けて立ちましょう。」
という気持ちになって神様と対話をしながらお参りをする。
とりわけ鉄道ファンであったことも幸いしていて、駅で待っていても
ああ223系が来た。225系だ、221系だ、特急くろしお289系だ。
あれは特急サンダーバードに使っていた683系2000番台が
北陸新幹線の開通に伴って本数が減り、改造された車両だと
鉄道ファン以外にはどうでもいいようなことを考えながら
電車に乗って参拝するのも愉しみになっている。
昨日父が「教会まで遠いのによく日参しているなあ」と言ってくれた。
父は私が生まれる前から仕事の時も欠かさず日参してきた人であり
そんなことをやってのける父は「化け物」だと思ってきた。
「お父さんもやってきたことじゃないか」と言うと
父は「ワシの教会は近い。会社に行く途中にあったから」と
少し認知症気味になってきた父の言葉は受け流したけれど嬉しかった。
あの化け物に褒められたのだから。
それもこれもおかげを頂いているからこそ出来させて頂いている
日参であることを感じさせてもらいながら
おかげを受け通しであることを実感できてきた。