大阪の人はエレベーターに乗ると、先ず行き先の階を押し、
それから閉まるボタンを連打する。
これは先に閉まるボタンを押すと、行きたい方向じゃない階で
先にボタンを押された場合に目的の階に向かわないからである。

私は駅のエレベーターに乗る時、すぐに電車が来ない限りは
自然に閉まるまで閉まるボタンを押さず、
駆け込んで来る人を持つように心掛けている。
たまにもう閉まるかと思っている頃に、
血相を書いて乗ってくる人があるからだ。

そういう人は「ありがとう」と御礼を言いながら乗ってくると、
すぐさま閉まるボタンを押している。
自分は待ってもらってありがたかったのに、
他人のことは待たずに閉めるという行動がおかしく思える。

自分がエレベーターに乗るために私を待たせたと思って
急いで閉まるボタンを押してくれた可能性も考えてはみたが
10人中10人ともがそういう行動をとり、
中には待ってもらった御礼さえも言わない人も多い。
別に御礼を言ってもらいたい訳でもないし
慌ててエレベーターを発進しなければ乗り遅れることもない。

自分は他人のお世話になっていながら、
他人には優しくしない勝手な人だと思ったが、
その瞬間もうひとつのことが頭をよぎった。
それは日々変わりなく神様の恩恵を受けていながらも
自分はなになにひとつ出来ていないことである。
神様は文句も何も言われないがそのことをいいことにして
自身が得手勝手にしていることである。
そのことに気付かせてもらい、改めて神様に御礼を申しあげた。