ある日の教会でのこと。信心仲間から
「定年になった今、したいことは無いんですか?」と尋ねられた。
私が教会参拝以外に特段何もしていないことから尋ねたようである。

たしかに昨年3月に定年退職後から始めた教会への日参が続いている。
今日まで丸一年も続いているだけでも毎日が最高記録更新中である。
両親が信者だったことから教会との関係は、生まれる前からだが
信心の2世としてではなく、自らの信心として信心するようになったのは
結婚をする2年前からなので37年になるが、
仕事をしている間は何かと理由を付けて教会参拝を後回しにしてきた。
日参は面倒だけど、月参拝では少なすぎると考えて
週一参拝を目標にして続けてきた。
と同時に、退職後にしたいことについて48歳の時から考えてきた。

鉄道が好きで、旅行が夫婦共通の趣味になっている。
妻と仕事の休みが重なると、全国各地を旅してきたが
退職して時間があるからといってそうそう行きたくなる訳でもない。
50代後半に入ってだんだんと両親がやってきたように
自分も同じく日参させてもらいたいという思いが強くなり、
退職して最初に教会までの定期券を購入し、
今日まで続いている。

質問に対して、退職して「したかったことが日参」と答えると
もっと趣味のような答えを期待しておられたようだが、
長年ありがたさが分からなかった信心が分かってきた時に、
両親が信心をしながら感じてきたことが分かった気になったように
今は日参していた両親の思いを想像しながら日参が愉しみになり
宗派や祝詞は違えども妻と共に日参出来ていることが幸せに思う。