ある日、教会長からある方の葬儀の準備を手伝ってほしいと言われた。
その方は私がお教会に御縁を頂いた頃、よくお参りされていた。
バブル時代に新婚だった私たち夫婦は、どの借家も高いので少しでも広い家を探して
古びた平屋の長屋に住んでいた。一応風呂もあったが裏庭にあったため冬は寒く、
近隣のお風呂屋さんによく通ったものだ。
隣に住んでいた高齢夫婦は、庭先にあった水道で顔を洗うような
市内とは思えない長閑な地域だった。
壁に穴を開けてネズミが出てきたことがあり、妻がセメントで埋めたこともあり
4年経った頃には、天井裏で毎晩運動会が始まったため私たちは引っ越した。
その並びのきちんとした家にその方も住んでおられたため、
教会からの帰り、一緒に電車に乗って帰った思い出がある。
それからしばらくして教会に来られなくなったが、
特別親しくしていた訳でもなく、いつしか忘れてしまっていた。
教会長より他に信心されている方がなく、金光教でお祭りさせて頂くのは
この葬儀で最後になることや、ご信者さんの参列も御遠慮されていることを聞き
その方との御縁の有難さを思い知ることになった。
教会長はたまたま、仕事も定年退職し暇そうにしている私に声を掛けて下さったが
これって日本の人口1億2千万人のうちのたった一人と考えれば、
買った人にしか当たらない10億円の宝くじに当たるよりも
もっともっと確率の低い一人に神様に選ばれたということになる。
そういえば行く途中、一日に一往復しかしない臨時特急電車の通過も見られた。
神様はきっと私自身のことを見ていて下さっていると感じてきて
本当に元気がもらえるお手伝いになりました。