妻は本当に、私にとって最高の妻である。
どうしてこんな妻が私の嫁になってくれたのだろうと度々考えるが
お付き合いを始めた頃の妻は、それほどでもなかったようにも思える。
当時の妻は、自宅には居場所がなく、私とお付き合いを始めた頃からは
私自身が彼女の居場所になっていったように思われる。

今回は、彼女の自宅に居場所がなかった家庭の事情は書かないが
どうかすれば今、社会問題になっているオーバードーズに陥る若者に
近いところがあったとも思える。
オーバードーズとは、いじめや虐待、親との関係の悪化、学校での孤立など、
家庭や学校等で感じている「孤独感や強いストレス」があり、
気分を変えるための手段として、市販薬の風邪薬や咳止めなどを
過剰摂取することで薬物依存に陥る可能性のあることだ。
妻の場合、家出や夜遊びなどはしていなかったが、
誘われればこれらに近いことになっていた可能性は否めない。

しかし彼女には「自分が信用している人の言うことを聞く」性質が功を奏し
創価学会に入信する機会を得たことで
その辛さを信心によって乗り越えてきた。
私も結婚した当初は、同じ宗教であれば・・・と何度も思ったが
ある時を境に「彼女が学会員であってくれたおかげで妻になってくれた」
と思うようになり、学会員であることに感謝するようになった。

彼女と生活を共にするうちにますます彼女の信心が本物であり
私自身の目標になってきたし、自分は自分で信心しているつもりでも
むしろ妻の信心に助けられていることを実感するようになってきた。
世の中に自分が尊敬し、好きな人に出逢えるだけでも十分な奇跡だが
彼女も私のことを思ってくれて、お付き合いの時期も含め37年も
一緒に居てくれている妻には、お互いに感謝しかなく、
それこそがお互いの信心の証と言える。
これこそが紛れもない「おかげ」であり「功徳」だと感じている。