神様がいるのにどうして大地震が起きるのだろうか?
全国各地で震災被害が起こるたびにそんなことを考えてしまう。
ある先生の教話で、天地が生き通しに生きているからという説明を
聞いたことがあるが、それだけでは分かりにくい。
私なりの解釈を加えて考えてみます。
天地は生き通しに生きているから太陽による恵みもあれば
空気の中の酸素や二酸化炭素、窒素などが関係しあって
光合成が起きたりして私たちの生活を豊かにもしてくれているし
温泉や地下水の影響で生活を助けられている。
それらを上手に受け取りながら私たちは暮らしている。
若い頃、仲間と一緒に農業をしていたことがあり、
いつも思わされたのは、私たちが肥料を入れて種を植えると
沢山の虫たちが私たちの植えた畑をめがけて巣を作り卵を産み
私たちが植えた植物が育つにつれて幼虫が生まれ、餌にして育つ。
育った実りを採るのが少し遅れると育った成虫に食べられてしまうので
時期を考えながら実りを取り入れる。
そして次の作物を植えるために、天地返し(土の入れ替え)をすると
今日まで住んでいた巣穴がことごとく無残に潰されていく。
これって地球上に於いては大地震と似ていて、
住民の虫たちの気持ちに沿わずにバラバラにされてしまうが
その後に新たなる実りが待っている。
人間の暮らしのレベルでは短期思考だが、
地球レベルではおそらく長期に於いて新たな実りがあるのだろう。
以前、信心の先輩の訃報に際して奥様は、
「主人はあんなに信心していたのにこんなにも早く亡くなって」と
悲しんでおられたことがあるけれど、
それならいつまで生きてたらいいのであろうかと受け止めたことがある。
おそらくお別れの覚悟が家族に出来て、精一杯お世話をさせて頂いて
お別れをする決心ができるまでということだろうけれど
そういう都合など地球レベルではほとんど変わらない。
我々人間の考えている暦では正月もあれば大晦日もあるけれど
地球規模で考えれば一瞬の出来事でしかなくて
その隙間の中で精一杯に暮らさせて頂いているようにも思える。
言い換えれば、天地の大生命である地球上に間借りをして
生活させて頂いているとも言える。
数多くの人間の暮らしの中で、気の合う妻と出会い、
出会うだけでも奇跡的なことなのに互いに愛し合い、
結婚してもらえてそして今日までの年月を共に暮らしている。
こんな奇跡が起こるだけでも充分に幸せなんだから、
仮に今が今生の別れとなったとしても
今の今までの御礼が言える自分でありたい。
突然の大地震が起きて亡くなるのは悲しいことだけど、
今日まで生かせて頂いた御礼が言える自分でありたいと思う。
全国各地で震災被害が起こるたびにそんなことを考えてしまう。
ある先生の教話で、天地が生き通しに生きているからという説明を
聞いたことがあるが、それだけでは分かりにくい。
私なりの解釈を加えて考えてみます。
天地は生き通しに生きているから太陽による恵みもあれば
空気の中の酸素や二酸化炭素、窒素などが関係しあって
光合成が起きたりして私たちの生活を豊かにもしてくれているし
温泉や地下水の影響で生活を助けられている。
それらを上手に受け取りながら私たちは暮らしている。
若い頃、仲間と一緒に農業をしていたことがあり、
いつも思わされたのは、私たちが肥料を入れて種を植えると
沢山の虫たちが私たちの植えた畑をめがけて巣を作り卵を産み
私たちが植えた植物が育つにつれて幼虫が生まれ、餌にして育つ。
育った実りを採るのが少し遅れると育った成虫に食べられてしまうので
時期を考えながら実りを取り入れる。
そして次の作物を植えるために、天地返し(土の入れ替え)をすると
今日まで住んでいた巣穴がことごとく無残に潰されていく。
これって地球上に於いては大地震と似ていて、
住民の虫たちの気持ちに沿わずにバラバラにされてしまうが
その後に新たなる実りが待っている。
人間の暮らしのレベルでは短期思考だが、
地球レベルではおそらく長期に於いて新たな実りがあるのだろう。
以前、信心の先輩の訃報に際して奥様は、
「主人はあんなに信心していたのにこんなにも早く亡くなって」と
悲しんでおられたことがあるけれど、
それならいつまで生きてたらいいのであろうかと受け止めたことがある。
おそらくお別れの覚悟が家族に出来て、精一杯お世話をさせて頂いて
お別れをする決心ができるまでということだろうけれど
そういう都合など地球レベルではほとんど変わらない。
我々人間の考えている暦では正月もあれば大晦日もあるけれど
地球規模で考えれば一瞬の出来事でしかなくて
その隙間の中で精一杯に暮らさせて頂いているようにも思える。
言い換えれば、天地の大生命である地球上に間借りをして
生活させて頂いているとも言える。
数多くの人間の暮らしの中で、気の合う妻と出会い、
出会うだけでも奇跡的なことなのに互いに愛し合い、
結婚してもらえてそして今日までの年月を共に暮らしている。
こんな奇跡が起こるだけでも充分に幸せなんだから、
仮に今が今生の別れとなったとしても
今の今までの御礼が言える自分でありたい。
突然の大地震が起きて亡くなるのは悲しいことだけど、
今日まで生かせて頂いた御礼が言える自分でありたいと思う。