
真面目にお習字の練習を続けているが、
少しも上達したという実感はなく、教えて頂いている先生に
申し訳なく思っている。
先生も先週よりはマシになったかなぁと言葉を選んで褒めて下さっている。
一緒に習っておられる先輩方はどの方も上手で、
あのくらい書けるのであれば、私なら習いに来ないと思った瞬間
ハッとした。
私自身もそうであるが、授業で受けている時期ならいざ知らず
大人になってまで書道を習いたいという人は、書道の好きな人である。
自分では「上手い」とまでは言わないまでも
それなりに書道が得意で、さらなる高みを目指すようなレベルの方である。
私のような書道に苦手意識のある人は通常習いに来ない。
私の場合、書道の御用を教会長から受けて書いてはみたものの
作品を掲げている間はあまりに恥ずかしくて決して見ないようにしている。
「実意」「丁寧」という言葉をどう現せて頂くかを考えて
止む無く書道教室の門を叩いた訳だが、そうそう上達できる訳がない。
私の参拝する教会にはブラスバンドがあり、子どもたちを中心にやっている。
得意な子どもは学校でも吹奏楽部に入部して腕を磨き、
大阪府外に嫁いでも家族で練習して
夏の全国大会では当教会のブラスバンドの一員として出場されるほか
別の方はブラスバンド全体をまとめ、指導までしてくれている。
その中に混じってトランペットを吹く男性は、素人の私から見ても
あまり音が出ているようには思えない。
彼は彼なりに努力もし、練習もしているが上達しない。
その方も私と同様、好きでやっているのではなく、
神様の御用としてやらせて頂いているのである。
そんな教会長から受けた御用だけに
私の習字も下手なりの「実意」「丁寧」でさせて頂いている。
この御用が将来、どうなっていくのか分からないが
先生を困らせるくらいに、自分なりには頑張らせて頂こうと思う。