お母さんの趣味(前編)では、娘さんから見ればそう見えると書いたが
信心と趣味とどう違うのか?考えてみた。

趣味とは何だろうか?
仕事・職業としてではなく、個人が楽しみよしている事柄(goo辞書より)
人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄(wikipediaより)
利害損得を抜きにして、無条件に好きになるのが趣味(yahoo知恵袋ベストアンサーより)
とある。
神仏が介在していないので明らかに趣味とは異るように思えるがよく分からない。

以前、先代の教会長からこんな説明をされたことがある。
信心って道やねん。書道とか剣道とか茶道のようにそれぞれに道があるねん。
信心というのは、先人の進まれた道を学ぶことやねん。

こう説明された時に私は、
仏道や神道という言葉があるくらいだから、
信心という道があっても不思議じゃない。
山の頂上を目指すのに、先人たちが歩まれた道があり、
長距離にはなるが身体の負担が最も少ない道を歩まれた方や
短距離だが険しい道、そしてその中間など様々な道を歩まれた先人たちが
自分が体験して成し遂げた道を紹介されており、
各自が自分で定めた先人の生き方に従って登らせてもらっている

と理解し、宗教の異る私たち夫婦でいえば、
学ばせて頂いている先人(宗祖)が違うのだから、その向い方も異るものの
同じ頂上を目指していると受け止めている。

「お母さんの趣味」ということについて悩む私は、
さまざまな人たちに話をするうちに自分とは異る発想をされる方々に出会えた。
私はこれまでずっとネガティブな意味として捉えて悩んできたが、
自分たちの信心を「趣味」と言ってもらえることはありがたい。
趣味という言葉には「楽しんでいる」という意味があり、嫌いな趣味というワードはない。
お母さんが厳しい修行をしているように目に映り、
「そんなに辛いのなら辞めたらどう?」と勧められる訳でもなく、
娘さんの目には、お母さんが楽しんで信心をしていると思われているのだから
自分たち(助言してくれた方々)なら、こんな嬉しいワードはない。

と言われて目から鱗が落ちる思いをした。
私自身が間違って受け止めて悩んできたことに気付かせてもらい、
神様に御礼を申し上げると共に
この相談をされたお母さんにも話してあげようと思う。