当ブログには「金光教を信奉している私と創価学会を信奉している妻との
信心生活でみつけた話を書いていこうと思います。」と書いているが
そもそも私の家の宗教は先祖代々浄土真宗大谷派で、初代からの系図もある。
祖父母の奉公先が金光教だったことから
父の姉兄の半数が金光教を参拝してきたが、
父は親の信心を受け継いだ二世信者ではなく、自ら門をたたいた初代である。
母も金光教を参拝して二人は出会い、信者同士の結婚で生まれた私であるが
両親が参拝していた教会に参拝し続けている妹こそ二世信者だが、
私は両親の参拝している教会が嫌いで、教会参拝しなかった時期に
創価学会を信奉する妻とおつきあいが始まり、
スマホの無かった時代、前日にデート先の下見に行った際に
休憩がてら立ち寄ったのが今参拝している教会で、
創価学会の素晴らしさを説く妻の話に、天邪鬼な性格の私が反応して
教会参拝をしているうちに、両親の信心を客観的に見れるようになり
自らの信心が始まったため、私も信心初代なのである。

お互いの信心を大切にするという観点から当時はまだ珍しかった人前結婚式をし、
創価学会の方と金光教の方、大学時代の友人は真言宗の袈裟で参列し、
学生運動の仲間たちの中には無神論者も多く、
色んな宗教観を持つ人たちが入り乱れた結婚式であった。
私達夫婦は馬が合うというのかとても仲が良く、あまり喧嘩もしない。
一方が怒っていても一方が冷めていて喧嘩にならないのだ。
それでも妻に「勤行をしろ」と言い残して自分は教会参拝し、
帰ってきては、互いに言い過ぎたことを詫びるということを繰り返した。
朝から晩まで仲がいいのに、布団に入ってから信心の話をして
お互いに分かりあえず、
「人が助かる信心をしていてどうしてこんなに辛いんだろう」と
涙を流したまま寝てしまい、目を腫らして起きる生活がおよそ10年続き、
創価学会が日蓮正宗から独立した際に
創価学会の信心はしないが創価学会に理解を持つ者を「会友」と位置付けられ
夫婦で宗教が異なるままに人一倍仲のいい夫婦関係が続いている。