あれほど続けられなかった日参(毎日教会に参拝する)が続いている。
職業安定所、通院などを除き、毎日日参が出来ている。
御祈念は基本、教会長と二人だけだが
教会長がお忙しい日は自分一人で御祈念させてもらう日もある。
独りで御祈念をすると時間的には早く終えることが出来るが
やはり教会長と一緒に御祈念している時の方が楽しい。
独りで黙々と御祈念しているよりは、他人と一緒にすることの有難さを感じる。
こうして教会長が一緒に御祈念して下さることに感謝するようになった。

教会長は、今大阪で一番忙しい先生と言われているそうで、
他の教会の先生方からも「教会が回ってますか?」と訊かれることもあるが
実は夜の参拝時にシャッターが下りていたことが何度かあったので
即答が出来ずに二の足を踏んでしまった。
教会長が留守で、教会のご家族も不在になる時だけやむを得ず
シャッターが閉められるということがあるのだ。
自宅から電車に乗って小一時間かけて参拝してシャッターが下りていたら
正直ガッカリするが、仕方がないので外から参拝して帰った。
でもそういう日があるからこそ、ほとんどの日が毎日当たり前に
教会が開いていることがありがたいことが感じられる。
せめてそういう日だけも留守番の御用をさせてもらえればいいと思う。

私の参拝する教会では、先代先生が几帳面な性格であったため
私達がいつ参拝しても教話が聞けるようにデッキが用意されていたり
あらゆることを綿密に準備して下さっていた。そのため
教会が準備をして下さって当たり前というふうに思ってしまう方もある。
しかしそこが間違いやすいところであり、
自身がどう受け止めさせてもらい、自身がどう動けばスムーズにいくかを
考えていく姿勢こそが信心の稽古であり、
私はいかに御礼が言えるように、いつも幸せ探しを心掛けている。