米軍基地に就職が決まり、規定の健康診断をすませて

私の新生活がスタートした。



家から近いので自転車通勤でOK。

朝から満員電車に一時間もゆられて通勤する不快さから開放され、

上司や同僚も、日本人、アメリカ人、フィリピン人、韓国人などさまざま。



これから私は、さぞかし英語ぺラぺ~ラへの道を一気にかけあがって

いくのだろうと期待を寄せていた。



私の勤務先は、在日米軍およびその家族のために生活用品、衣類などを

販売しているデパートで、私が配属された部署は・・・・



「レジ」




だった。




お客さんが購入する品物のバーコードを延々とスキャンし、



「○○ドルになります。お支払方法はどうなさいますか?」




と確認し、キャッシュなりチェックなりクレジットカードなりDPPなり

客の希望する支払い方法で処理をする。




そして、次のお客。




日本人のつつましやかな買い物の量とはちがい、アメリカ人って

けっこう大量に物を購入するんで、その量と、後ろに続く長蛇の列を

みたときにはげんなりする。




アメリカ人の友達もできて、家に遊びに行ったり、基地内の施設(ジムやプール)

が使えたり、クラブに飲みにいったりとわりかし楽しげだけど、

私はこのレジという単調作業に一日で嫌気がさしてしまった。




一日8時間労働で、8時間も延々とスキャンしてスキャンして

お金を受け取って・・・・




ああ、そんな単調な作業、私には無理・・・



それに、そんな部署では仕事でほとんど英語なんか使わないじゃないか。



たまにお客さんから何か聞かれることがあるけど・・・




出社して3日目には、本気でやめようと思っていたんだ。



せっかく手に入れた基地内での仕事だけど、

自分の性格を熟知する私は、レジの仕事はとてもじゃないけど続かないだろう。



やめるなら早いほうがいい。



でも、なんといって切り出そう・・・・





そんなときだった。





その時「カスタマーサービス」というセクションのスーパーバイザーを

していたMr.Bが、なにやら私をいたく気に入り、



「カスタマーサービスに来ないか?」



と誘いをうけたのだ。




周りの日本人の同僚に、




「カスタマーサービスに来ないか誘われたけど、どう思う?」




ってきくと、




「あそこはすごく”Stressful"な部署だから、やめたほうがいいよ!」



といわれました。




まあ、カスタマーサービスというだけあって、お客さんからの

苦情なんかにも対処しなきゃいけないわけで、

だから英語はペラぺ~ラのレベルじゃないととてもつとまらない。




それに、あきらかな言いがかりをつけてくるたちの悪いお客も中には

いるらしく、ストレスたまるわよ~、とのことだった。





たとえそうであっても、一日中スキャンしてお金を受け取って・・・の

単純作業を繰り返すよりは、大変な部署でも、単調じゃない仕事のほうがいい。




そう思い、私はミスターBに、




「よろしくおねがいします」




と、異動OKの回答をした。




すると、もうその翌日から異動がきまり、新たな部署での勤務がスタートした。




そして、この異動の決断こそ、私を英語ペラぺ~ラになるきっかけとなったのだった。




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英語の専門学校を卒業してから約2年後のある日曜日、私は新聞に折り込まれている

求人広告をなにげなくながめていたところ、ある記事に目がとまった。



うちの近所の米軍基地内の某施設での求人だった。




専門学校を卒業しても正社員として就職はせず、バンド活動をしながら

派遣やバイトで食いつないでいた時期だったし、年一回のフレンドシップ・フェスティバル

開催時以外の時期に米軍基地に入れるなんておもしろそうだ。




職種が接客業だったので募集の条件に「要英会話力」と記載されており、当時の私の英会話力では

到底受かるまいと思われたけど、まあ遊び半分というか、記念というか、思い出というか、

「祭り以外の普通の日に基地に入りた~い」という好奇心があって早速人事課に電話をかけたのだった。





人事課の指示通りに面接に行き、生まれて初めてアメリカ人のマネージャー相手に面接した私は、




「なんか外人相手に面接してる自分ってカッコいい」




と、半ば自己陶酔しながら面接に挑み、緊張するどころか、

エキサイトしまくって、前月に遊びに行ったロンドン旅行のことなど

かなり脱線した話をしてしまった。





どうせ受からないんだし、米国人マネジャーに面接される機会なんてそうそうないから、

話せるだけ話してこう!




と思って、仕事とは何の関係もない雑談を思う存分繰り広げたのだ。





その面接が終わったあと、



「あーーー、楽しかったーー。また遊びにいきたい(いや、面接だったけど)」

と思いながら基地を後にし、そのあとはそのことをすっかり忘れていた。







人事部の日本人女性から電話がかかってきたのは、その数日後のことだ。




「もう、○○さん、私何度も電話してたのよ。ぜひあなたを採用したいそうよ」





・・・・・・・・・・






・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・は?目






なんですと?





採用?





この、わたくしを?






アメリカ人相手に面接して雑談までするなんて相当しゃべれたんだろうと誤解する人が

いるかもしれないので念のためにいっておきますが、本当に大したレベルではありませんでしたのよ。

(過去記事で書いたように、海外にいって「飢え死にしない程度」のレベルでした)





決して謙遜ではございません。

(基本、私は謙遜はしません)




まあ、当時は自分の会話力は「ちょっとはいけてる」という勘違いしたところはあったけれど。



そのせいかどうか、自分の語学力の低さなんて意に介さず、外国人とのコミュニケーションへと

突進していく物怖じのなさはたしかに際立っていたと思う。

(でもこの姿勢は外国語会話力を身につけるうえでとても大切)




とにもかくにも、そんなレベルだったので、採用ときいたときには狐につままれたような

感覚になったけれど、やっぱりうれしくて舞い上がってしまった。




へえええ~、基地の中ってアメリカだよな。

基地の中で働くなんて、あたし超かっこいい。




友達にもいいふらして、「へえ~、かっこいい」といわれて得意になってた(笑)。





当時は新卒でも簡単に就職できた時代。職種にもよるだろうが、私が採用となった職場はおそらく

英語力のハードルが低かったんだろう。とりあえず英語アレルギーではなく、簡単なコミュニケーションが

とれるレベルであれば、採用の対象となったんだろう。




実際、私と同じ時期に入社した他の2人も、私と同レベル程度の英語力しかもっていなかった。

(でも、もう一人の子はネイティブかと思うくらいペラペラだった)




これからの職場は「日本の中のアメリカ」。

これで、私の語学力は飛躍的にアップしていくに違いない。



ペラペラになるのはもう目前。



そんな期待感でいっぱいだった。










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私と同級生のCちゃんがアメリカ人の彼氏相手に英語でコミュニケーションを

とるのを目の当たりにしてから、私は、



なんだ、英語って超超むずかしいと思ってたけど、実はめっちゃカンタンじゃね?




あたしでも、ペラペラになれんじゃね?




と、思ってからは、スイッチ入りました。



中学時代に大嫌いだった英語は、高校になってブリティッシュロックにはまってからは

わりと好きになっていた。




ストーンズや好きなアーティストの曲を聴いて、歌詞をみながら歌って、ってことをやってたから

とりあえず英語嫌いは返上してた。



ま、歌詞を読んでも曲を聴いてもあんまり意味はわからなかったけどね。





そんなわけで、高校生のときには英語は嫌いじゃなくなってた、というかちょっと

好きになっていたし、Cちゃんの影響で私もペラペラになりたいって思ったから、

週一で英語の授業に参加していたアメリカ人女性講師のコーラ先生に

休み時間とかに積極的に話しかけていた。




ろくに喋れはしないけど、ごくごくカンタンな会話だけど、それでもネイティブと英語で

会話する自分が新鮮で楽しくて、休日にはコーラ先生のお宅に招いてもらって

3人の子供と一緒に遊んだりして、まあ、いわゆる「生の英語」に慣れていった。




子供と会話しているときには知らない単語もでてきたけど、

なんとなく言っていることは理解できた。




コーラ先生は米軍基地内に住んでいたんだけど、アメリカ人のお宅に

招かれたのは初めてだったので、ものめずらしかった。



もうあまりにも昔のことで詳しいことは覚えていないけど、広くてゆったりとした

キッチンとか、振舞われた食事がいかにもアメリカっぽいメニューだったりとか、

すごく楽しかったな。



高校卒業までコーラ先生とは休み時間のたびにおしゃべりしていたし、

英語をもっとペラペラになりたいと思って、英語の専門学校に進学することに決めたのだった。



担任教師からは、大学に行くよう進められたけど、私は英語が「ペラペラ」になりたかったし、

でも留学するには資金が足りないし、英語の専門学校にいけばさぞや英語漬けになって、

数ヶ月もすればペラペラになるだろうと安直に思ったのだ。




そして私は高校卒業後、当時高田馬場にあった某英語専門学校へ入学した。

カリキュラムにはSpeaking、Reading、Listening、Grammar、時事英語etc...があり、

講師陣はイギリス人、アメリカ人、そして日本人。



イギリス人講師と仲良くなって一緒に遊びにいったりしたこともあったけど、

それ以外は学校終わったらバイト、バンドの練習、ライブハウス通い・・・



と、まあ普通の(?)学生と同じような学生生活を2年。



2年後、晴れて卒業したときの私の英語力はどうなっていたかというと・・・




たいして上達していなかった。カゼ




カンタンなコミュニケーションができる会話力はあったけど、

外国人と英語でディスカッションできるレベルではなかったし、

相変わらず外国人ミュージシャンのライブのMCはあんまり聞き取れないし、

CNNみても何をいってるかはよくわからない。

(まあ、だいたいどんな内容かは想像ついたけど、聞き取れていたわけではない)




入学時の私の期待とは裏腹に、英語の専門学校に2年通っても、

ペラペラの域に達することはできなかった。




卒業後、就職せずにバイトしながら英会話にも通ってみたけど、

6段階のレベルのうち(レベル6がペラペラレベル)

せいぜいレベル3くらいで、ペラペラにはならなかった。




なぜ、英語の専門学校に2年通って、毎日英語の曲ばかりきいて、

わりと生活の中に身近に英語があふれているのにペラペラになれなかったんだ?




外国人とも積極的に交わっていっていたのだ。




「あたしちょっと英語できるのよ」という勘違いモードがあったので、

地下鉄の切符売り場の前で困っている外人さんとかには積極的に話しかけ、

行き先までの買い方を教えてあげたり、バイトしていたパスタ屋さんに

外人のお客がきたら、



「あたしがオーダーとりに行く!」




と率先して英語で話しかけていた。




それでも、ペラペラにはならなかった。





これだけ学んでもペラペラになれなかったのに、

意外にもあっという間に、それこそ気がついたら




「あれ、あたし英語普通に喋ってる」




という状況になるのは、専門学校を卒業してから約2年後。




ある場所に就職がきまったことがきっかけだった。








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私がブリティッシュロックにはまったことで英語に興味を持ち始めたのと同時に、

中学時代は英語がチンプンカンプンで、




英語って難しい!



と思っていた私に起きた最大の変化。それは、




なんだ、英語ってけっこう簡単じゃね?




ということを知ったときだった。




その理由は2つ。



一つ目の理由は、高校の学力テスト。

私は高校受験のとき、自分の学力より数段階受験する学校のレベルを落としていた。



高校一年の一学期の中間テスト、つまり高校に入ってからはじめてのテストのとき、

なんと学年トップの成績をとってしまったのよね~。



部活をやっていて、偏差値レベル的には低い学校とはいえ、ちょっとは勉強しておかないと、

と思って初めてのテストのときはテスト勉強をけっこうがんばったのだ。



たぶん、受験のときよりがんばったと思う。




そうしたら、8クラス中トップの成績だった。




小学校、中学校と中の中と下をいったりきていた私ですから、

もちろん一番なんて生まれて初めてで、それはもうびっくりしたのなんのって。





苦手な数学や英語も、80点以上の点数がとれていたし。




そのときが、





「あらあら、英語って思ってたよりもカンタンかも」



とおもったはじめての瞬間。





そしてもうひとつ。



「なんだ、英語って実は簡単なんだ」と思った最大の理由。





なんと、親友のCちゃんは、高校生なのに、アメリカ人の彼氏がいたんですのよ、奥さん。




いや、いまどきの高校生にとっては別に珍しいことじゃないかもしれないけど。





私の住む東京西部のとある町には米軍基地があることから

米兵もよくみかけます。



そういった土地柄、アメリカ人とつきあう日本人女性はたくさんいますが、

当時純情な高校生だった私にとって、同級生がアメリカ人とつきあっているって

いうのはそれはもう、びっくり仰天だったわけですよ。




今思えばとてもシンプルな会話とはいえ、私と同じ年のCちゃんが彼氏と英語で会話する場面を

目の当たりにしたときは、ショックを受けたものです。




ひえええええ~~~!!!!




Cちゃん、英語で外人さんと普通に余裕で会話してるよーーーーーー!!!!





ほんと、驚きました。




Cちゃんはさすがに英語の成績はよかったですが、テストの点数は私のほうがよかったんですのよ。




でも、なんだか自然に、しかも日本人特有のアクセントではなく、

わりときれいな発音でさらりと会話していました。



発音がきれいだったから、すごく上手に聞こえたんでしょうね。

内容的にはそれほど難しいことはしゃべっていませんでしたが、

高校の英語教師よりも発音きれいでした。

(高校の日本人の英語の先生は、一様に発音がドヘタでした・・・)




(あ、でも発音はすごく大事です。発音がきれいだと、大してしゃべれなくてもかなりハッタリききます。

会話力はハッタリも大事、というか一時期私はハッタリが全てでした・笑)





Cちゃんがアメリカ人と英語でコミュニケーションをとっているのを目の当たりにした私は、





「Cちゃんにできるなら、私にだってできるってことだ」




と悟ったわけです。




英語ペラペラなんて夢のまた夢で、別の国の言葉を日本人の私がペラペラ

喋れるようになるなんて、できるわけないじゃないか



という思い込みが崩れ去り、





「なんだよ~~、英語って難しいと思ってたけど実はカンタンじゃんじゃないか!」






と「気づいた」ことがその後英語ペラペラになる一番大きな要因だったと思います。





英語になれてしまうと、日本語よりも英語のほうがカンタンだ、という人が多いです。

これ、あなたが英語に慣れたら実感することだと思います。

英語のほうが表現しやすいとでもいいましょうか。





もし、あなたが英語をしゃべれるようになりたいのになかなか上達しない、と思っていて、

なおかつ「英語は難しい」と思っているとしたら、声を大にして私は言いたい。





英語はカンタン。





英会話が難しいと思っている人はまず、





「あたしに英語がしゃべれないはずはない」





と、マインドセットすることが大事かと思います。




アメリカに移民した多くの外国人でも英語が喋れるのは、英語がカンタンだからです。




私がなぜ、英語ペラペラになれたかというと、英語がカンタンだったから。





難しいと感じる人は、自分で勝手に難しくしているのだと思います。

リーディングやライティングは別ですが、会話に関しては、頭で理解するのではなく、

体全体で相手の表現を受け止めるのです。



あ、これすごく大事だからもう一回いいますが、




とうことが大事、というかそれが全てだと思います。





体全体で相手の表現する世界をうけとめる






まあこれだけでは「なんのこっちゃ???」って感じでしょうから、

具体的にはこれからお話してきます。




ちなみに、今すぐネイティブ並みの発音を手に入れたい! という人には

これなんか参考にできそうです→ ここ



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それは突然やってきたんですよ。



家庭の事情で滑り止めの私立高校を受験できなかった私は、

公立高校一本で勝負する必要があったため、かなりランクを落として

それこそ受験勉強しなくてもラクに入れるバカ学校・・・もとい、

ええと、まあ、中学生のときあまり熱心に勉強をしてこなかった人たちが

集まる某公立高校に入ったんですけど。




なぜかその高校は、公立高校ながら軟式テニス部が全国大会出場という実績を持っていて、

中学時代テニス部だった私は、なんの躊躇もなくテニス部に入り、健全な高校生活を

スタートした・・・・はずだったんですけど。




中学時代に対戦した競合選手が同じ高校のテニス部に入って、私もけっこう

部活に励み、健全な高校生活を送る予感・・・・はしてたんですけど。




高校一年で同じクラスになったある女の子となぜか急速に親しくなったことが

きっかけで私の高校生活は激変することになったのだ。





その子は、色白で髪の長い、クラスでもあまり目立たない子だったんですが、

どういうわけか仲良くなり、よく一緒に遊ぶようになっていったんですが。



その子、”Cちゃん”は、おとなしげな外見からはまったく想像できなかったけど、

実はものすごーーくアメリカンロック、ブリティッシュロックに詳しい子だったのだ。



ボンジョビやドゥランドゥランなんかのポップなもなから、エアロスミスなどの

正統派ロック(?)、ハノイロックスとか、Tレックスとか、ジャニス・ジョップリンとか、

後々私がどっぷりとはまることになる音楽にものすごく詳しくて、

Cちゃんと仲良くなったことをきっかけにブリティッシュロックにはまっていったのだった。



(具体的なアーティスト名を出すと、年代がばれますね・笑。同年代の方はわかって

くれるかと思いますが、10代20代の方にはわからないかもしれませんね)




60~70年代、とくにローリングストーンズにはどっぷりはまり、日本のインディーズバンドにもjはまり、

渋谷、新宿、恵比寿、目黒などのライブハウスに通うようになっていったと同時に、

外国のアーティストのコンサートも観にいくようになった。




部活は半年でとっとと辞め、ライブやコンサートに足しげく通い、音楽関係の

友達も増えていき、酒もたばこも覚えていきました(笑)。

(その後、自分でバンド活動もはじめました)




外国人アーティストのコンサートに行って、彼らのMCをきくたびに、



「ああ、このMCが普通に理解できるようになったらどんなに格好いいだろう」




と思ったものです。




大好きなアーティストを生でみているのに、彼がしゃべっていることが理解できない。




彼らがつむぎだす英語の歌詞が、自分には理解できない。





私が英語というものに興味をもったのは、これを理解したいと思ったから。





英語の曲を聴いただけで、歌詞の内容がわかる。

海外アーティストのライブコンサートに行って、MCを全て理解できる。

小さなホールだったら、出待ちしてたら運良くあえて、話ができるかもしれない。

英語が喋れたら、そんなチャンスもふって沸いてくるかもしれない・・・・





これが、私と英語のなが~~~いつきあいがはじまるきっかけとなった思いだった。





ここから、全てがはじまっていったのです。



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